第31話 地獄への道は善意で敷き詰められている

 聖フィステール王国に入ったばかりの街。


 松永まつなが瑠香るかつつみ夏夜かやは貴族らしき男を中心とするグループに遭遇した。


 これから始まる惨劇というか、巻き込まれを避けるため、通りの左右にある店や住宅で、バタンと閉められ、窓らしき通気口も閉鎖。


 通行人は全力で走り去るか、見つかりにくい物陰に潜んだ。


 異様な雰囲気の中で、舞台セットにいる役者となった彼らが向き合う。


 苦痛にうなりつつ、瑠香に投げられた大男が立ち上がる。


「クッ……。てめえ、よくもやりや――」

「少し黙っていろ」


 リーダーの男が命じたことで、用心棒らしき大男はビクッとした。


「へ、へい!」


 コソコソと、退く。


 そのスペースに歩み出た男は、いかにも小者な感じ。


 貴族らしく、片腕を体の前で水平に。


「クルポルト・ヘンチュケ男爵と申します……。そちらのレディは、見事な体術ですな? どちらの御家でしょう?」


 思い切りが良すぎて、逆に深読みをしたようだ。

 貴族令嬢と、勘違いしている。


 事態を理解した女子2人は、緊張する。


 返答を間違えたら――


「こっちです!」


 聞き覚えのある少女の声と共に、ガシャガシャという金属のすれる音。


 それを耳にしたクルポルトは、舌打ちする。


「どうやら、無粋な奴らが来たようです……。申し訳ありませんが、これで失礼! 次の機会を楽しみにしております」


 気障キザにお辞儀をしたクルポルトは、足早に立ち去った。


 反応に困っていた取り巻きも、それに続く。


 やがて、さっきの男爵に絡まれていた若いメイドと、動きやすいプレートアーマーを身につけた騎士が数人やってきた。


 キョロキョロとした少女は、女子2人に駆け寄る。


「だ、大丈夫ですか!? さっきの男爵は?」


「えーと……。逃げました。じゃあ、私たちはこれで――」

「そうはいきません! あなた方が助けてくれなかったら――」


 片腕をつかまれたまま、武装した騎士に囲まれる瑠香。


 仲間がそうなっているため、逃げるに逃げられない夏夜。


((どうして、こうなった……))


 今、2人の心は1つに!


 夏夜が観察すれば、騎士のわりに上品で、装飾が多めの鎧だ。

 つまり――


(さっきの王宮勤めで、第二王子が主人となれば……)


 囲んでいるのが近衛騎士と気づき、夏夜は冷や汗をかいた。


 高位貴族の次男以降、または凄腕を採用しているはず。

 王国をよく知らないため、戦った場合にどうなるかも不明だ。


 さらに、近衛騎士は主人が全てのため、汚れ仕事も平気で行う。


 雰囲気を感じ取った近衛騎士の1人が、すっと会釈した。


「怖がらせたようで、申し訳ない! 我らは、第二王子のエルドゥアン・ヴィルケ・フィステール殿下でんかの直属である近衛騎士です……。こちらのサラを助けていただき、感謝申し上げます」


 引きつった笑みで、瑠香は別れを告げる。


「ご無事で何より……。じゃあ、私たちは帰りますので――」

「お待ちください! いずれかの貴族とお見受けします。先ほどの男爵が嫌がらせをしてくる恐れがあるため、この件で我らの庇護があると知らせたい」


 別の近衛騎士が、補足する。


「どちらの方かは存じませんし、派閥の問題もあるでしょう。だが、エルドゥアン殿下が礼を欠いたと見なされるのも、マズいのです」


 それを見ていた夏夜は、さっきの男爵と変わりませんね? と感じた。


 むしろ、王族とあって、より面倒……。



 ◇



 俺は、さっそく面倒を起こした女子2人を見た。


 ここは宿の部屋だから、邪魔はない。


 衣川きぬがわイリナは、俺の様子を見ている。


 松永瑠香と堤夏夜は、小さく震えながら、青い顔のままだ。

 死刑執行を待つ罪人と同じ。


「その……」


 事情を話した女子2人が、ビクッとする。


 息を吐いた俺は、結論から述べる。


「人助けなら、別にいいだろう……」


「へ?」

「そ、そうなんですか?」


 放心する2人に対して、腕組みしたイリナは何度も頷く。


「そうね! ヒト君に賛成!」


 口が半開きの女子たちは、まだフリーズ。


(スキル封印をされたうえで、売り飛ばされると思ったのだろうか?)


 そう思いつつ、1つだけ忠告する。


「裏切らなければ、よっぽど見捨てないが……。この王国がどうなろうと、文句を言うなよ? お前たちが始めた物語だ」


「え?」

「……デスヨネー」


 察した夏夜は、手で顔を覆った。


 その時に、コンコンとノックする音。


 瑠香が対応して、金の縁取りがされた封書を持ってきた。


 表には、“マツナガ子爵へ” という達筆。


 裏は――


「エルドゥアン・ヴィルケ・フィステール……。例の第二王子か!」


 女子3人が近寄り、俺の手にある封書をのぞき込む。


「中途半端な情報……」

「急いだからじゃない?」

「さっきの今で直筆と封蝋ふうろうなら、かなりフットワークが軽いですね」


 あいつらの視点では、松永瑠香が貴族で、夏夜がお付きの従者。


「んで、俺とイリナは把握していない……わけではないと」


 破って中身を見れば、俺たちの名前も載っていた。


「王宮のパーティーへの招待状か! この宿が、俺たちの情報を漏らしたな……」


 心配したイリナが、尋ねてくる。


「どうするの? 今から移動する?」


「変えても同じ! せっかくのお招きだ。出席したら、とっとと移動しよう」

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