第二章 勇者召喚を考案した聖フィステール王国

第30話 この王国では貴族に近づくな! 振りじゃないぞ?

 聖フィステール王国。


 俺たちがいたディエヌス帝国と隣接しており、ちょうど謁見したイングリット・ド・アブリック辺境伯がいる場所からの最短距離だ。


 言うまでもなく、国境線を越える意味で……。


 イングリットと円満に別れた俺たちは、もらった餞別をチェックしながらの打ち合わせ。


 夜の野営地で、焚火を囲む。


 それぞれに座っている女子3人を見たあとで、口を開く。


「俺たちは、このまま聖フィステール王国を目指す! イングリットはあくまで『見逃す』という体だから、他の奴らに会ったら面倒だ」


「うん!」

「それはいいけど。王国に入るときの身分と、その後の方針は?」

「私たちに『春を売れ』と言われても、困るんですけど……」


 新しく仲間になった女子2人は、不安そうだ。


 松永まつなが瑠香るかつつみ夏夜かやに、説明する。


「現状では、俺の手持ちとイングリットからの餞別で暮らせるはずだ……。お前らの装備は? 買う必要があるか?」


「私は、拳を守るナックルガードや、ブーツぐらい!」

「錬金術師なので、安い鉱石があれば自前で作れます」


「必要があったら、俺に言え! 金銭は、それぞれの生活費を除き、一括してのパーティ管理にする」


 依頼を受けたときの報酬などは、個人に分配したあとでパーティ分を貯める。


 ついでに、現在の資金を示してから、分けた。


「それで支払ってくれ! 面倒だから、宿代とメシ代はパーティ分で払う。個人で動いているときは、自分でな?」


「分かった」

「ういうい!」

「了解しました。自分の手持ちなら、自由に使っていいと?」


 真面目な夏夜のほうを向いて、答える。


「そうだ! 男の俺には言いにくい買い物も……何だ?」


 瑠香と夏夜が、感想を述べる。


「これが、彼女持ちの余裕か! うごご……」

「イリナさんとは、大事な部分に穴が開いた下着でだんだん尖ってきたのを楽しむ段階で――」


 したり顔で語る夏夜を見て、俺は思った。


 真面目そうに見えて、一番のむっつりだな……。


 あと、天然。

 男子の俺がいるのに、責められたい性癖をえんえんと語るな!


 ともあれ、本題に入る。


「目標について、共有するぞ? 俺とイリナは、元の世界に帰る方向で動く!」


 瑠香と夏夜は、少し考えたあとで、頷く。


「私も、それでいい!」

「右に同じです。ここで意見が分かれると、今後の信頼関係とアクションに影響しますから……」


 夏夜の頭の中は、エロから戻ってきたようだ。

 並行しているかもしれんが。


「最終的な判断は、帰る手段を見つけて、それを実行する前に行う」


「はい」

「うみゃー!」

「分かりました」


 野営中の見張りは、交代制。


 おやすみなさい……。



 ――国境線の検問


「男1名、女3名による観光ですね? どうぞ……」


 聖フィステール王国の検問は、あっさり通った。


 兵士の態度から、俺をどこかの貴族と判断したようだ。


 あるいは、通行税とは別に渡した、数枚の銀貨のおかげ?


 妙に愛想がいい兵士に、尋ねる。


「ああ、そうだ! この王国で、何か気をつけたほうがいいことは?」


「そうですね……。貴族の方々は自由奔放なので、あまり近づかないほうがいいかと! 賄賂わいろを渡せば、だいたいの無茶が通るので……」


 礼の代わりに、銀貨1枚を投げた。


「どうも……。お気をつけて」


 空中でキャッチして、ヘコヘコする兵士の横を通りすぎて、高い外壁の内側に出た。


「貴様、怪しいな? 入国する理由をもう一度、言え!」


 さっきの兵士の声だ。


「なるほど、説得力がある……」


 呆れた俺は、歩きながら、ため息をついた。


 不文律といえば、それまでだが。

 この王国では、袖の下が常識のようだ。


 ひょっとしたら、その上がりが、まともな収入か?


 何にせよ――


「注意したほうがいいね? 下っ端の兵士がアレなら、貴族はもっとヤバそう……」


 衣川きぬがわイリナの発言が、全てだ。


 安全そうな宿を押さえて、自由行動へ。


 トラブルに巻き込まれるんじゃねえぞ?



 ◇



「やめてください! わ、私は王宮勤めです!」


 高そうなメイド服を着た少女が、同じく高価な服を着た男に囲まれていた。


 少女が周りを見るも、通りがかった人々は誰もが目をそらし、足早に歩き去るだけ。


 それを確認した一行は、ニヤニヤする。


 リーダーらしき男が、歩み出た。


「私は、クルポルト・ヘンチュケ男爵だ! 王宮勤め? だから、どうした! 貴様を気に入ったから、相手をしてやると言うのだ」


 後ずさったメイドは、それでも反論する。


「わ、私の主人は、第二王子の――」

「何だ、嬢ちゃん? こっちは忙しいんだよ。早く、行っちまいな!」


 別の方向を見ていた取り巻きが、すごんだ。


 相手は引かないらしく、舌打ちしたあとで拳を振り上げ、風を切りながら振り抜いた。


 けれど、その拳はいかにも柔らかそうな手の平でそらされ、両手で包み込むように関節技へ。


「があっ!?」


 大男は、突然の痛みに、楽になれる方向へ自分から飛ぶ。


 宙を舞ったあとに、ドオンッと音を響かせつつ、土煙が舞う。


 それを成した松永瑠香は、両手を戻しつつ、言う。


「ヨシッ!」


 呆れ果てた堤夏夜が、思わず突っ込む。


「どこをどう見れば、ヨシッ! と言えるんですか!?」

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