第28話 キノコは栄養満点

 夜空には、月が照らし、星々が煌めく。


 グツグツグツ


 焚火の上にかけている鉄鍋で、美味しい香りと泡。


 お玉ですくい、小皿で味見をする。


「美味い! よし、食べるか……」


 上機嫌で取り分けようと――


「私、いらない」


 地面に置いた荷物をクッションにしていた衣川きぬがわイリナが、力なく呟いた。


 不機嫌そうに、こちらに背中を向けたまま、寝る姿勢を変えた。


「好き嫌いするな!」


 ピクッと反応したイリナは、がばっと上体を起こした。


「大都市シウディーダで、さんざんに見たし! 食欲が湧かないの!」


 俺は自分の分をよそいつつ、お椀の中を見た。


「美味いのに……」


 3つほどを厳選しての、特製キノコ鍋だ。

 しかし、不貞腐れたイリナを放置して、俺だけ食べるのも何だな?


 ヨシッ!



 ◇



 つつみ夏夜かや松永まつなが瑠香るかは、問題の2人を見つけた。


 見つけたまでは、いいのだが……。


「ほら、キノコを食え!」

「やめてぇえええっ! 今日、そういう気分じゃないからああっ!」


 聞こえてくる会話。


 物陰にいる女子2人は、非常に困っていた。


(どうしますか?)

(いや、どうするって……。俺のキノコを食えって最中だし)


 直接見ていないため、余計にイメージが膨らんでいく。


 いっぽう、むせたような咳払いの後で、イリナが文句を言う。


「む、無理にしないでよ!? 自分でやるから! ケホケホッ……」

「分かれば、いい」


西坂にしざかくん、わりとSですね?)

(彼氏がこんなだったら、嫌だなあ……)


 交渉できる状態ではない。


 だったら、今晩は引き上げろ。と言いたいが――


(今は、下手に動くと見つかりますから)

(接近しすぎちゃった……)


 動かないから、気配をほぼ殺せる。

 逆に言えば、遠ざかろうとした瞬間に見つかるだろう。


 そうなったら、西坂一司ひとしがどういう判断をしても、一部始終を見られたイリナが絶対に許さない。


 夏夜と瑠香は身を寄せ合い、夜が明けるまでの待機。


 一司がイリナに特製のキノコ鍋を食わせている中で、平穏な夜が過ぎていった。



 ――翌日の夕方


 気疲れをした夏夜と瑠香は、西坂一司たちにコンタクト。


「お久しぶりです」

「ほにゃにゃちわー!」


 徹夜明けとあまりに神経を使った反動で、東羽とうは高校の教室で会ったような感じに。


 そのノリについていけない一司とイリナは、首をかしげた。


「あ、うん……」

「何の用?」


「えっと……」

「イングリット・ド・アブリック辺境伯の代理で来ました! 話を聞いてくださーい!」


 瑠香だけ、ハイテンションだ。


 別に、酔っているわけではない。



 ◇



 また、元クラスメイトに会った。


 女子2人で、敵意はないようだが……。


「あの女は、何を狙っているんだ?」


「皇帝から、事態の鎮静化を命じられたようですが」

「分かんない!」


 夏夜と瑠香で、温度差がすごい。


 黒髪ロングで、切れ長の黒目。

 普通にしていても怖い感じの堤夏夜。


 それとは対照的に、ゆるふわで、亜麻色のボブをした翠眼すいがんの松永瑠香。


 警戒しているイリナに、女子2人が告げる。


「ひとまず、こちらのスキルを教えます」


 夏夜のステータス画面。


“錬金術師クラスLv70 【刀剣作成】スキル”


 それを見た瑠香も。


“武術家クラスLv72 【ベクトル操作】スキル”


 ジッと見ていたイリナは、ポツリと呟く。


「剣士じゃなく、刀剣作成ね?」


「はい。剣術については、自前です」


 夏夜が、律儀に答えた。


 息を吐いたイリナは、座ったまま、腕を組む。


「正直に言って? あなた達は、どうしたいの?」


 顔を見合わせた、女子2人。


 そのうちの瑠香が、打ち明ける。


「元の世界で、あたし達は研究所から派遣された人間よ?」

「る! ……いえ、その通りです」


 名前を叫びかけた夏夜は、途中で言い換えた。


 まあ、同じ教室に見張り役がいても、おかしくない話だ。


「分かった……。ここで、俺たちに嘘をつく理由がない」

「うん! 私も、そう思う」


 イリナが、同意した。


 俺と一緒に、改めて女子2人を見る。


「何を求める?」


「このままでは、アブリック辺境伯に切り捨てられそうなので」

「西坂くん達に協力して、何とか生き延びたいなあと」


 なるほど。


 研究所の人間なら、俺たちに詳しい。

 味方になって――


「あれ? お前らは、結局のところ、帰りたいのか?」


 根本的な問題に気づき、尋ねてみた。


 すると、女子2人は悩ましい顔に。


「むしろ、あなた方の希望を聞きたいです」

「うん! こちらは合わせるだけ」


 腕を組み、考える。


「イリナ、どうする?」


「んー? そろそろ、街に立ち寄りづらくなったし。協力者は欲しいかな?」


 俺に気を遣ってか、元の世界へ帰るかどうかに言及せず。


 仕方ないので、こちらが聞く。


「アブリック辺境伯に、俺たちを帰還させる方法はあるのか?」


「不明です」

「あるとは思うけど……」


 女子2人は、意味ありげに俺を見た。


「前にクラスメイトを帰した方法は、もう使えないぞ?」

「あそこは潰されちゃったからね」


 説明したイリナは、ため息をついた。


 やっぱり、元の世界に帰る方向で動くべきだろうか?


「腹が立つものの、交渉できそうなのはアブリック辺境伯だけ……」


 俺の言葉に、反論はなかった。

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