第27話 爆発オチとなったキノコ子爵

 城塞都市ゼクラシブの城。


 玉座のような椅子が置かれている広間で、逃げ帰ってきたトーニ・バルテル子爵は黙り込んだ。


 いっぽう、その数段の高い位置で座っているイングリット・ド・アブリック辺境伯が、ニコニコしながらの繰り返し。


「私は、ここに駐留させていた軍勢をどうしたのか? と聞いています」


 金髪碧眼で煌びやかな服装をした女子高生だが、そのプレッシャーに後ずさりしたトーニ。


 何とか、口を開いた。


「シウディーダで反逆した勇者2人を見つけて、逃がさぬように包囲していました」

「たった数人による包囲?」


 嫌味だ。


 深呼吸をしたトーニは、イングリットを見据えた。


「軍勢による包囲です……。残念ながら、シウディーダに潜んでいた反乱軍による汚染により、ワシら司令部が逃げ延びるのが精一杯でした」


「そうですか……。大変でしたね?」


「実は、あなたが従えている勇者2人、マツナガ様とツツミ様が呼んでいないのに同行しておりまして」


「ほうほう?」


「ワシらの呼びかけに応じず、シウディーダの中へ突入して……。その後に、都市の外壁から化け物どもが湧き出てきた次第」


 肘をついたままで、その手に頭をのせたイングリットが、気だるげに問いかける。


「私の勇者が、反乱軍に通じていたと?」

「いえいえ! そんな、滅相もない!! 事実を申し上げたまで……」


 けれど、卑屈な笑みを浮かべたトーニは、交渉する。


「どうでしょう? 今回の壊滅は、裏切り者と反乱軍のせいだったということで……」


 豪華な椅子に座り直したイングリットは、息を吐いた。


つつみ夏夜かや松永まつなが瑠香るかは、他に召喚した勇者と比べても貴重な人材です」

「ならば、皇帝陛下にご裁可いただきますか?」


 トーニは、じっと待つ。


 ところが、近くに寄った人間から耳打ちされたイングリットは思わぬことを告げる。


「バルテル子爵? いずれにせよ、同じことです! 先ほどから、しきりに掻いていますが、それほど虫に刺されたので?」


 指摘されたトーニは、無意識に爪を立てていたことに気づく。


「いえ、これは――」


 しかし、振った片手からパラパラと飛ぶ物体が……。


 よく見れば、それはキノコだ。


 理解したトーニは、自分の両手を見つめた。


 いつの間にか、びっしりと生えており、肌が見えないほど。


 認識したことで、自分の声も変わっていると自覚。


『す、すぐ逃げたはずなのに!?』


「キノコであれば、胞子……。まあ、無理でしょうね?」


 同情するようなイングリットに、キノコ人間となったトーニが叫ぶ。


『き、貴様らも手遅れだぞ! こうなったら、道連れに――』


 その瞬間に、周りの風景が変わった。

 ボロボロになった廃墟で、どこかの城の広間だ。


 イングリットの姿も、半透明に。


『な!?』


「私の勇者には、幻覚に長けた者もいましてね? 夏夜と瑠香の報告を受け、あなた達だけ隔離したのです。そこは、ゼクラシブと全く違う場所」


『あ、あいつらが生きていた? しかし――』

「瑠香のスキルは、【ベクトル操作】です! そのおかげで、難を逃れました。あちらの世界でいうロケット発射に近く、地面に衝突したダメージで死にかけたようですが」


 キノコに覆われたトーニは、拳を握りしめた。


『小娘どもが……。ワシを見捨ておって!』

「軍勢を捨てた、あなたがそれを言いますか!?」


 呆れた声音のイングリットは、気を取り直した。


「大都市シウディーダを滅ぼした罪は重いですが……。その姿を見たら、追究する気も失せました! そのまま生きていくより、名誉ある死を」


『ま、待て! 回復する可能性が――』

「私の許可を得ずに軍勢を失ったばかりか、シウディーダを再起不能にした……。どうして、わざわざ元に戻すの? 代官の子爵ごときに払える金額ではないし、その気もありません。では、ごきげんよう」


 ブンッと、ホログラムのようなイングリットが消えた。


 全身がキノコに覆われたトーニは、慌てて外を目指すも――


 廃墟ごとの爆発に巻き込まれ、第二の人生を終えた。



 ◇



 本物の城塞都市ゼクラシブの城で、領主の椅子に座っているイングリットは考え込む。


 やがて、目を開けた。


「夏夜、瑠香! あなた方には、やってもらうことがあります」


 スキルで回復したものの疲れ切っている女子2人は、怯えたままで応じる。


「はい」

「何なりと……」


 上座で頷いたイングリットは、あっさりと命じる。


「帝国に反逆した西坂にしざか一司ひとし衣川きぬがわイリナへ対処しなさい! 私の代理人としての権限を与えます。命令拒否、達成できない場合のペナルティは、スキルの封印です」


「ただちに」

「準備をいたします」


 九死に一生を得た、堤夏夜と松永瑠香。


 彼女たちは、再び死神のもとへ向かう。


 ここで拒否しても、ノースキルにされて娼婦か、奴隷としての嬲り殺しだ。

 召喚された勇者を恨んでいる連中は、この世界に多い。


 広間にいた中には、不始末による処刑と考える者も……。


 そもそも、イングリットの勢力に、あの2人の情報がない。

 目隠しをされたままで、ゲームのルールも不明。


 けれど、イングリットは結果的に、最善手を打った。


 あの2人への対処であって、殺害ではない。

 暫定的にアブリック辺境伯の名前を出せることで、いちいち許可を得る必要もない。


 これによって、研究所のエージェント2人は、ようやく接触する機会を得たのだ。

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