第26話 誰よりも知っているだけに逃走も早い

 大都市シウディーダの中で、悲鳴が続く。


 丸く囲われた外壁を遠巻きにしている軍は、どの兵士も顔が引きつっている。


「早く、終われよ……」

「中に突入しろと、言わないだろうな?」

「だったら、そのまま逃げるわ」


 外壁しか見えないが、最前列の兵士ほど、緊張のあまりに口が悪い。


 ここに配属される時点で実力不足か、後ろ盾のない消耗品か、よっぽどのトラブルメーカーだ。

 連携が取れるとは言いづらく、ひとたび劣勢になれば、平気で味方を捨てる奴らの寄せ集め。


「バルテル子爵の勇者が、片付けてくれるだろうよ!」

「そう願いたい――」


 ダアンッ!


 縦に長い門にある大扉が、内側から軋んだ。


 持っている武器を握り直すも……。


「ゴホッ! ゴホッ!」


 1人が咳き込んだ。


 空気が悪いか、持病でもあるのか……。


 寄せ集めだけに、誰も気にしない。


「ゴホッ!」


 2人目。


 3人目。


 4人目……。


 やがて、キノコに覆われた人間の部隊が出来上がった。


「カチカチカチ……」

「キキキ!」


 よく分からない鳴き声を上げる。


 ドカカと軍馬の音がして、そこに跨る騎士が叫ぶ。


「貴様ら! 整列して点呼を――」


 全員が、くるりと振り向いた。


 想像して欲しい。


 どうしようもないクズどもを威圧しようと来たら、全身にキノコが生えまくった物体になっていた光景を……。


 真顔で、無言になった騎士。


 地面に立ったまま、それを見上げるキノコ人間たち。


『ヒヒ―ン!』


 本能で異常を察知した軍馬が鳴き、勝手に反対方向を向いて、逃げ出した。

 乗馬している騎士を振り落とさないのは、流石である。


 けれど、このエリアに来た時点で、もう手遅れだ。


 火のついたGがそこらじゅうを走り回るがごとく、体についた胞子が振りまかれていく。



 ――バルテル子爵の天幕


 本陣に居座っているトーニ・バルテル子爵は、イライラしていた。


「シウディーダは、まだ落ちないのか!?」

「ハッ! 降伏の使者もなく、ネクロ殿も見えません」


「ふむ……。なるべく、生き残りが欲しかったがな?」


 言うまでもなく、召喚された勇者である女子2人を惜しんでの発言だ。


 ゾンビである『カバナシア』は増殖していくうえに、敵を利用しているため、味方に損害がないことが強み。


(Lv5のネクロ本人を狙われたら、マズいがな?)


 反乱をさせないために、あえて弱いまま。


 気になったトーニは、勇者の管理者としてのスキルで様子を探る。


(反応が……ない!?)


 目を見張ったトーニに、側近の1人が話しかける。


「どうされました?」

「……何でもない」


 苛立たしげに指で服をいじりつつ、考えるトーニ。


(やつが倒されたか……。となれば、軍を退くしかあるまい)


 そのタイミングで、報告。


「シウディーダの外壁の上から、多数のカバナシアが落ちてきました! 我が軍に被害が出ております!」


 側近や部隊長が、ざわついた。


 誰もがトーニを見るも、その当人は信じられない表情。


「そ、その情報は間違いないのか!?」


「ハッ! ご指示をお願いいたします!」


 そんなはずはない。

 ネクロが気絶しただけでも、カバナシアの群れは動きを止めたのだ。


 死んだことで、カバナシアが動くはずが――


 まさか……。


「敵にも?」


「バルテル子爵?」


 不審に思った1人が問い質すも、トーニはすぐにごまかす。


「い、いや……。何でもない……。それよりも、ワシは急用を思い出した! 今から言う者はついてこい」


 トーニに呼ばれた数名は、訳も分からず、天幕を出ていく。


 離れたところで、トーニが小声で言う。


「すぐに、馬車を用意しろ! いや、軍馬だ!」

「は、はい! ただちに……」


 わずかな供だけを連れて、トーニは逃げ出した。


 カバナシアの恐ろしさを誰よりも知っている彼は、それを操る勇者――他に誰がいる?――に震え上がったのだ。


(説明している暇はない!)


 もはや貴族として終わる所業だが、あっという間に変貌していくキノコ人間を知らないままでの最善手だった。


 それに、ちょうど良いスケープゴートもいる。


(全ては、あの生意気な女2人のせいだった……。それで通そう)


 独断専行で大都市シウディーダに突入した女子高生、つつみ夏夜かや松永まつなが瑠香るかのせいにすればいい。


(奴らの管理者のアブリック辺境伯を納得させれば、片がつく話よ!)


 逃げる先は、他の勇者たちがいる城塞都市ゼクラシブ。


 まだイングリットが戻っていなければ、奴の勇者どもを焚きつけてもいい。


 

 ――数日後


 昼夜を問わずに走り続け、何頭も馬を潰して、城塞都市ゼクラシブに辿り着いた。


 疲れ切ったままで、城に入ってみれば……。


「これはこれは、バルテル子爵! 駐留させている軍勢を率いて、どこへ行ってらしたので?」


 鈴を転がしたような美声で、領主が座る椅子にいたイングリット・ド・アブリック辺境伯が出迎える。


 まさに、最悪のタイミングだ。

 いっそのこと、最寄りの街でゆっくり休んだあとに戻ったほうが良かった。


 片方は思考ができないほどの状態で、貴族同士の会話が始まる。

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