第24話 また1つ、都市が消える……

 トーニ・バルテル子爵の軍勢は、西坂にしざか一司ひとしたちがいる大都市シウディーダを包囲した。


 常備軍とはいえ、思い立っての強行だった。

 まとまった人数を動かすには、最低でも数ヶ月はかかるのに……。


 精鋭の騎士団ですら、疲労の色が濃い。

 

 野営を繰り返した中で、女子高生の2人は悪目立ち。

 つつみ夏夜かや松永まつなが瑠香るかは、ジロジロと見られた。


 けれど、クラス召喚されたことでの圧倒的なスキルと魔導大戦を生き抜いた実績は、モブ兵士どころか、準貴族の騎士も寄せ付けず。


 まして、イングリット・ド・アブリック辺境伯の直属で、子爵と同じ待遇。

 うかつに口説けば、見せしめの拷問や処刑もあり得る。


 子爵の召使いが何度も訪れ、親睦を深めたい、魔導大戦の武勇伝を聞きたい、そこらで寝ると兵が襲ってきて危険だと、うるさかった。

 イングリットに取り入るため、あるいは、スーパーレアな強い美少女を屈服させたいという俗物的な理由だ。


 奴の視点では、単体で使えるユニットは是非とも確保しておきたい。

 自分の子供を産ませれば、スキルを継承する可能性が高いのだ。


 既成事実を作れば、あとはイングリットに都合がいいことを告げ、譲ってもらえばいい。

 その対価は、いずれ払うとして……。


「まあ、行くわけないけど」

「ですね」


 瑠香のツッコミに、夏夜が同意した。


 そもそも、辺境伯のイングリットに直属で、本人も子爵と同格。

 脅されようが、突っぱねられる立場だ。


 トーニは、貴族としてのマナーや社交界を教えてやるという上から目線。

 けれど、女子2人はどこ吹く風。


 東羽とうは高校のクラスで魔導大戦を生き残って残留した女子には、もう相手がいる。

 貴族は子供が生まれてから数年で婚約者を決めるか、10歳でほぼ相手が確定する世界だ。


 お家の未来がかかっていることで、姫プレイどころじゃない、全力の口説き。

 普通に暮らしていた女子高生は、一溜まりもない。


 貴重なフリーの女子が、この2人です。

 脂ぎった子爵さまも必死になるさ!


 付け加えれば、貴族の令嬢は見えない場所で男と過ごしただけでアウト。

 実際には手を触れなくても、周りはそう見ない。


 瑠香と夏夜は小部隊で一定間隔の包囲を見ながら、揃って息を吐く。


「どうしようか?」

「後手に回りすぎましたね……」


 イングリットに反逆したと見なされた場合のスキル封印は、痛すぎる。

 頼りのスキルを封印されても意に介さぬ衣川きぬがわイリナが、異常なのだ。


 一司たちとは、クラスメイトの距離感。

 こっそり接触するにしても、そのまま戦闘になったら裏目だ。


 悩む、女子2人。


 すると、懲りずにバルテル子爵の使いがやってきた。


「失礼いたします……。旦那様が、『マツナガ様とツツミ様に力を貸していただきたい』と申しております」


 そいつは老練な執事で、頷くまで粘る気配。


 女子2人が黙っていると、執事は口説き始める。


「あなた方の管理者となっているアブリック辺境伯へのご報告として、ここで武勲を立てておいたほうが――」

「私たちは先行するわ! 子爵によろしく♪」


 瑠香のセリフに、執事は唖然とした。


 それに対して、夏夜は手早く荷物を片づける。


 元々、いつでも逃げられるように注意していた。

 瞬く間に、準備完了。


「では、失礼します……」


 老齢の執事が止める間もなく、女子高生2人は風のように走り、シウディーダの高い外壁を軽く飛び越えた。



 ◇



「何だと!? あの小娘どもが先に入った?」


 でっぷりしたトーニ・バルテル子爵は、立派な天幕の中で叫んだ。


 頭を下げた執事が、肯定する。


「はい、旦那様……。御二人は止める間もなく」


 苛立たしげに、置かれたテーブルを叩くトーニ。


 集まっていた指揮官も、難しい顔になった。


「ええい! 勝手な真似を……」


 トップが黙ったことで、周りにいる1人が問いかける。


「いかがなさいますか、バルテル子爵?」


「どうもこうも……。時間をかければ、アブリック辺境伯が戻ってくる! その時に裏切り者2人の首がなければ、我らの首が飛ぶだけよ!!」


 緊張した面々が、ゴクリと唾を呑み込んだ。


 そいつらを見回したトーニは、舌打ちをしたあとで、決断する。


「あの女たちは、ワシの物にするつもりだったが……。構わん! あの都市をカバナシアで満たすぞ!!」


 今度は、別の意味でピリピリした空気に。


 耐えかねた騎士の分隊長が、抗議する。


「な、納得できません! あそこにいる者たちは市民です! どうか、お考え――」


 トーニの目配せで、影がゆらりと動いた。


 抗議した分隊長の首から血が噴き出す。


「がっ! ぐぼぼっ……」


 切り傷を手で押さえつつ倒れ込む分隊長に、他の指揮官は誰も動けず。


 子飼いの部下に暗殺させたトーニは、改めて命じる。


「頼んだぞ、ネクロ?」


 1人だけ離れて、どっかりと座っていた若い男が、ゆらりと立ち上がった。


 ドスの利いた声で応じる。


「シウディーダの中なら、好きにしていいんだろ?」


「そうだ」


 青白い顔で薄汚れた服を着ているネクロは、猫背のまま、天幕の出口へ向かう。


 進行方向にいた指揮官は、引きつった顔のまま、慌てて退く。


「久しぶりだ……。みんな、仲良くしようぜええ? イヒヒ」


 酒に酔っているようにフラフラと歩くネクロは、やがて走り出し、女子2人の後を追う形で外壁のでっぱりをジャンプし続けて、乗り越えた。

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