第23話 研究所のエージェント2人の憂鬱

 反逆した勇者である、西坂にしざか一司ひとし衣川きぬがわイリナ。


 その召喚者にして管理官、イングリット・ド・アブリック辺境伯の陣営は、かなり迷っていた。


 というのも!


 相手の情報がないから。


 現在位置は、見張りによって分かるが……。


 東羽とうは高校の面々は、ノースキルで下働きに身をやつしたか、魔導大戦で死んだか、イリナの手で戻りたい生徒たちが戻った後。


 残るだけの理由があった生徒が、この場にいる。

 どのようなスキルであれ、ディエヌス帝国で貴族と同じ扱いになったから。


 元の世界に帰り、無力な一生徒として勉学に励み、立派な奴隷になることは御免こうむる。

 自分たちはすでに死線をくぐるか、人の上に立っているのだ。


 クラス召喚された直後とは、全く違う顔つき。

 諸々の手続きや世話をするための従者もついている。


布立ぬのだては死んだか……」

「いつまでも、衣川にこだわっているから」


「ヴェルナーの偵察隊があいつらを見つけて、1人死んだってよ!」

「交戦したのか?」

「いや、鑑定した直後に自分を刺したらしい」

「何だ、それ!?」


 元クラスメイトは、首をひねるばかり。


 それぞれに仲がいいか、利害が一致するグループで集まっての情報交換。


 パーティーを装った、社交の場だ。

 けれど、被害を続出している2人が相手と知り、その顔には不安がよぎっている。

 もはや女に困る立場ではないため、男女で分かれたまま。


 そのうちの女子2人は、青い顔だ。


 長い黒髪にキリッとした表情のつつみ夏夜かやは、和服でさやに収めたままの刀を差している。

 剣術に関するスキルのようだ。

 立ち居振る舞いを見るだけで、その強さが分かる。


 けれど、夏夜は憂鬱そうだ。


「どうします? マズいですよ、これは……」


 フワフワした感じの松永まつなが瑠香るかも、真っ青。


「ん~? 西坂くんを放置したのは、マズったね!」


 一見すると、何の武装もなく、生産職にも見える。

 しかし、この場にいるのだ。

 雰囲気も、か弱い女子高生とは思えず。


 女子がグループを作り、あからさまな派閥でいる中。

 この2人は、周りの顔色を窺わず。


 それもそのはず……。


 どちらも、東羽高校で西坂一司たちを監視するためのエージェントだから!


 彼らが話していた研究所。

 そこの所属で、銃などの戦闘技術もある。


 いわゆる、スリーパー。

 怪しまれずに、近くで見張り続けるだけ。


 現役のJKで、そういったメンタルを持てる人材は多くない。

 ハニートラップの性技は、あえて学ばず。


 無意識に一司を誘う仕草を見せれば、イリナの逆鱗に触れてしまう。

 周りの男子が色気づいて、余計なトラブルを招くだけ。


 それでも、女子のほうが手加減してもらえる可能性が高い。


 揃ってため息をついた、女子2人。


「今からでも、接触しますか?」

「情報がなさすぎる……。すでに街ごと滅ぼしている以上、うかつに近づくのは」


 世界を滅ぼせる男女が、目の届かないところで暴れている。

 しかも、今の考えが全く分からない。


 本人たちは、わりと暢気だが……。


 分からない、予想できないことで、守りに徹するのは仕方ない。


「こちらの動きを予想しましょう! それしかありません」

「うーん……」


 夏夜は、本隊の先鋒を気にする。


「誰だと思いますか?」

「アブリック辺境伯がいなければ、手柄欲しさに暴走するグループ」


 前科のある2人のせいにして、村や街ごと滅ぼすだろう。

 それが、一番手っ取り早い。


 城の2階にあるバルコニーへ出てみれば――


「え?」

「……あれ、バルテル子爵の騎士団と兵士?」


 城壁の外側に野営している広い場所で、整列している軍勢。


 瑠香が、ボソッと呟く。


「今の代官って?」

「トーニ・バルテル子爵のはずです」


 夏夜の答えに、唸り出す瑠香。


「あの人数……。包囲するつもり?」

蹂躙じゅうりんされると思いますが」


「仮にも、布立くんが部隊を率いて返り討ちだものねえ……」


 バルテル子爵に、一司たちを殺せるだけのスキルはない。

 むろん、その配下にも。


 夏夜は、見たままに言う。


「出陣していますね?」

「どうせ、もう帰ってこない……」


 言いかけたまま、悩み出す瑠香。


 心配した夏夜が話しかける。


「どうしました?」


 真剣な表情で見つめ返した瑠香が、提案する。


「私たちも行かない?」


 少し考えた夏夜は、確認する。


「アブリック辺境伯が戻ってきたら、動けなくなる……。そういうことで?」


 コクリと頷いた瑠香。


 それを見た夏夜は、このままクラスメイトといたら手遅れになる、と判断した。


「ええ、行きましょう!」


 周りを観察した女子2人は、さり気なくホールから離れた。


 廊下を進んで、見咎められない場所に出たら、全力で走り出す。


 スパイ稼業をやっているため、こういった事態は想定済み。

 泊まっている部屋で必要な私物だけ回収する。


 何とか追いつき、バルテル子爵に歓迎された。


「御二人がいてくれれば――」

「申し訳ありませんが、私たちは独自に動きます」


 見るからに機嫌を悪くしたバルテル子爵に、瑠香が取り成す。


「子爵の活躍をアブリック辺境伯にお伝えするためです。証人が必要でしょう?」

「……そうですな。指揮は、ワシが行いますぞ?」


 バルテル子爵は、かろうじて笑顔を作った。

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