第22話 かつての西坂一司を追体験しよう!

 時刻は、西坂にしざか一司ひとしたちがキュベウテの街で暴れていた頃。

 月のような天体が、夜空から淡い光を降りそそぐ。


 地上を速いスピードで移動する、縦一列のグループがいた。


 召喚されたのは、東羽とうは高校だけではない。

 それぞれに役割を与えられ、地味な専門分野もある。


 花形は、やっぱり前線で戦う職業だ。

 戦士、剣士、ソードマスターなどの白兵戦に、火力などで殲滅する魔法使い系。

 生産系も、この手の異世界召喚にしては優遇されているほうだ。


 しかし、暗殺、隠密、鑑定、マインドリーディングといったスキルは、話が別。


 卑怯、怖い。


 それらの感情に加えて、いざとなれば自分も殺されるかもしれない、弱みを握られるかも? と敬遠するのだ。

 成功した権力者ほど、恐れる。


 ダチョウのような生き物に乗っている男子が命じる。


「止まれ!」

「うん……。止まって、ハイミイ」


 別の個体に乗っている女子が、お願いした。


 4匹いるダチョウもどきは、どいつも二本足でブレーキをかけた。


 ザザザと止まった生物から降りた一団は、キュベウテの街を見下ろす。

 男女が混じっていて、高校生から大学生ぐらいの若者だ。


 リーダーの青年が、指示を出す。


「俺がパーティーに能力を共有する! ダリオ、五感を強化してくれ」

「始めるよ?」


 眼下にあるキュベウテの街は、水浸しだった。


 夜とはいえ、不自然なほどに人の気配や姿がない。


 リーダーは、言い捨てる。


「手遅れか……」

「ヴェルナー、僕たちは戦えないんだ。どっちみち、無理だよ!」


 会話をしている間に、目立つ男女を見つけた。


 テイマーとしてハイミイ4匹を操っているエルゼが、小さく叫ぶ。


「あっ! 人がいる。召喚された高校生の男女!」


 遅れて、残り3人が気づく。


 西坂一司と衣川きぬがわイリナだ。


 このグループを指揮しているヴェルナーは、険しい顔に。


「情報を収集する! コレット、鑑定をしてくれ」

「うん、すぐに」


 一司たちを注目した女子は、即座にスキルを発動する。


 イリナのほうを先に鑑定。


 ――魔法を使うウィザードで、【同時発動】と【効果拡大】


 ――Lv74


「スキルに恵まれているし、レベルが高い……」


 さすが、魔導大戦の主力の1人。


 しかし、勇者の管理官であるイングリットの手で、そのスキルは封印済みだ。

 ディエヌス帝国の敵としての扱い。


 コレットは流れた汗をぬぐいつつ現在の力と弱点を探ろうとするも、手応えがない。


「衣川イリナは、自分の技量だけのよう……。あれ?」


「どうした?」


「んー? あの子……。隷属しているって言うか、変な表示になっているよ!」


 ヴェルナーは、首をひねった。


「西坂一司が、女を奴隷にしている?」

 

 手持ち無沙汰な連中も、自分の感想を述べる。


「ひどい奴だね!」

「うん……。解放してあげないと」


 コレットが、宣言する。


「ちょっと集中させて! 私だけで西坂を鑑定してみる!」


 スキル共有を外してもらい、すでに捕捉している一司に絞り込む。


 特定していれば、直接見る必要もない。


 その場で座り込み、目を閉じる。


 ――スキルなし


 ――ステータスの偽装なし


 そんなはずはない。


 この世界で人を隷属させるのは、アーティファクトぐらい。

 さっきの鑑定により、ただの奴隷契約とは違うことが分かった。


「あるはず……。もっと、何か……」


 さらに、深く潜っていく。


 コレットの脳裏に、懐かしい景色。

 どこかのバックヤードのような空間が映し出された。


 誰かの主観視点で、前へ歩いていく。

 不安そうに、左右を見ながら……。


(ひょっとして、彼の過去?)


 暗闇にうごめく化け物たち。


 誰が作ったのかも不明な、屋内の綺麗なプール。

 下水道。

 一面の荒野。


 惑星の爆発のような、辺り一帯を焼き尽くす爆炎……。


(マズい! 早く解除しないと!!)


 慌てるコレットだが、何度も傷つけられ、殺され続ける。

 まるで、ゲームを繰り返しているように。


 地面をのたうち回る彼女は、その下半身を濡らし、涙を流しながら助けを求める。


 慌てた仲間が手足を押さえつけ、意識を失わせようとするも効果なし。

 夜空の下で、永遠の責め苦に叫び続けるコレット。


 彼女は、手足の先から細切れにされて、あるいは化け物に食われる。


 人間だったころの西坂一司を追体験した末に、鑑定スキルを持つだけの女子は1つの決断を下す。


 普段の彼女ではない怪力で仲間を吹き飛ばし、躊躇わずに片手でダガーを抜いたと思いきや、自身の体を突き始めたのだ。


 不幸にも、彼女にとっては幸運にも、サポート職だけで構成された偵察隊に狂った彼女を止めるだけの術や覚悟を持たず。

 全身から血を流したコレットは、爽やかな笑顔のままで倒れ伏した。


 それでも、仲間はまだ諦めない。


 わずかに残った正気をかき集めた彼女は、かろうじて忠告する。


「逃げて……。あいつら、から……」


 十分に説明しきれないまま、絶命したコレット。


 いきなりの凶行にショックを受けた3人は、イングリットへ報告するために引き上げることを決めた。


 知れば狂気に陥る存在、世界をどうして言葉にできよう?

 理解するためには、同じ存在になるしかない。

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