第21話 イングリットの華麗な日常

 ガシャン


 金属のフォークが皿に落ちて、大きな音を立てた。

 マナー違反をした少女は、呆然としたまま。


 長いブロンドヘアーと、エメラルドグリーンの瞳。


 東羽とうは高校のクラスを召喚した元凶、イングリット・ド・アブリック。

 これでも、管理官としての役目をこなす辺境伯だ。


 彼女は、すっとんきょうな声を上げる。


「ヌノダテ子爵が死んだ!?」


「は、はい……。残念ながら」


 恐縮した執事が、頭を下げた。


 けれど、そいつを見つめていても始まらない。


 息を吐いたイングリットは、近寄ってきたメイドに皿やフォークを交換されつつ、尋ねる。


「詳細は?」


「キュベウテの街ごと、消されたようです……。生き残りによれば、いきなり膝までの水が満ちてきて、それに触れた人間が消えたと」


 首をひねったイングリット。


「スキルを封じた衣川きぬがわイリナが、そこまで強かった? いえ、止めておきます。どうせ、呼び出しがありますから」


 両手で冷えたワインを見せた執事に、彼女が断った。


 会釈した執事が、スススと下がる。


 別の執事による報告。


「失礼いたします! 皇帝陛下より、『アブリック辺境伯はすぐ謁見するように』とのご命令です!」


「分かりました。……これは片づけなさい」


 交換するように置かれた皿を一瞥いちべつしたイングリットは、メイドに椅子を引かれつつ、立ち上がった。


「謁見用のドレスを……。ああ、そうそう!」


 立ち止まったイングリットは、人差し指を立てたまま、振り返る。


「キュベウテの生き残りって……。貴族か、有力な商会?」


「いえ、後ろ盾のない平民です」


 ウィンクした彼女は、あっさりと命じる。


「なら、情報を搾り尽くしたあとで消しなさい! 帝国の評判を下げる者は不要です」


「承知いたしました」


 イングリットは、長テーブルがある食堂から立ち去った。



 ◇



 ディエヌス帝国の城は、謁見の間だけでホールのよう。


 中央の広い赤絨毯の先には、数段の高い場所と皇帝の椅子。


 前に歩み出てひざまずいたイングリットは、さすがに緊張する。


 玉座に座っている老齢の男が、よく響き渡る声。


「アブリック辺境伯! お前には、多くの貴族から苦情が寄せられておる! その意味は分かっているだろうな? 直視と発言を許す」


 顔を上げたイングリットは、すぐに話し出す。


「ダイザ村から続く破壊には、対応中です。最新情報で、キュベウテの街が滅ぼされ、同時にヌノダテ子爵の死亡も確認されました」


 後方で集まっている貴族たちが、どよめいた。


「何と……」

「あの、終わらせる者が!?」

「これほどの損害を出しておきながら、ぬけぬけと」


 高まっていく怒りは、目立っているイングリットへ向かうも――


「しかし、それを成したのも、私が召喚した勇者です!」


 その宣言で、貴族たちは静まり返った。


 玉座に座っている皇帝が、胡乱うろんげな目つきに。


「自分の発言を理解しているのか?」


「もちろんでございます! 制御できていない点は、お叱りを受けて当然……。他の者に任せると仰るのなら、謹んで従いますわ」


「ふむ……」


 高い場所から、じろりと睥睨へいげいする皇帝。


 けれど、どの貴族も顔を伏せたまま。

 有名な武官ですら。


 呆れた皇帝は、視線を戻す。


「いいだろう! 引き続き、お前に任せる。だが……勝算は?」


「発言をよろしいでしょうか!」


 若い男の声に、全員がそちらを見た。


 何と、上座にいる騎士の1人だ。


「俺も、アブリック辺境伯に呼ばれた人間です! このままでは、自分の価値を疑われます。どうか、ご許可を!」


 向き直った皇帝が、話しかける。


皇帝騎士ロイヤル・ナイツになったとはいえ、お前はそうだったか? となれば、任命したワシの威厳にも関わる……。良かろう! ダンカきょうはアブリック辺境伯に加勢しろ」


「ハッ! ありがたき幸せ」


 豪華な衣装を身にまとい、背中にマントをつけているのは、団珂だんか直真なおまだ。

 東羽高校のクラスで早くに懐柔され、他のクラスメイトを扇動した。


 皇帝が、この謁見を締めくくる。


「次に会うときは、ワシを悩ませた愚か者を消した報告とするがいい!」


「はい」

「一命に代えましても」



 ――城の控室


 イングリットだけではなく、団珂直真もいる。


 2人きりになったことで、リラックスしての談笑へ。


「あいつら……。どれだけ迷惑をかける気だ!」


 息を吐いた直真に、向かいに座っているイングリットが微笑んだ。


皇帝騎士ロイヤル・ナイツになったことで、辺境伯の君と肩を並べたというのに」


「申し訳ございません」


「い、いや! 君を責めたわけではない。皇帝の直属とはいえ、まだ新人だし……。どうするつもりだ?」


 片手をあごに当てたイングリットは、やがて決断する。


「直真くんを含む、総力です」


「……俺を信用していないのか?」


 首を横に振ったイングリットは、面倒ですね? と辟易しつつも、説明。


「違います! 状況が不明ですし、次がないので」


 念のため、と言われて、直真は機嫌を直した。


「分かった! 引継ぎがあるから、いったん失礼するよ!」


「ええ、また後で」


 笑顔で別れたイングリットは、扉が閉められ、しばらく経ったあとで呟く。


「せいぜい、役に立ってくださいね? 皇帝騎士ロイヤル・ナイツという、思わぬ出世頭なのですから」


 そうでなければ、2人きりで会わない。


 微笑のままのイングリットは、改めてティーカップに口をつけ、冷えた紅茶に閉口した。

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