第20話 青い鳥

 キュベウテの街を覆い尽くした、膝ぐらいまでの水。

 これが急流となれば、人間は倒れないようにするのがせいぜい……。


 1人だけ平常運転の衣川きぬがわイリナは、足首をさらおうとする水の流れに構わず、地面に立つ。


 彼女のお帰りというセリフが、混乱する街中と布立ぬのだて峰茂呂みねもろたちに響く。


 けれど、その不自然さを感じ取る余裕はない。


 誰もが死を恐れ、動けない急流の中で逃げようとする。


 ランティーヌ・ディアに上へ避難された峰茂呂を除いて……。



「な、何が? ラン!?」


 自分のスキルで空中に足場を作った峰茂呂は、夜の空で下を見た。


 ランティーヌが溶けた後に、1人の影が立ち上がる。


 盛り上がった水面は、やがて姿を現す。


「ラ――」

「申し訳ないが、俺だ」


 かつてのクラスメイトに恋人のような眼差しを向けられるという、二度と御免の体験。


 理解が追いつかない様子の峰茂呂を見上げた。


「先に言っておくが、ランティーヌ・ディアはもういない。死んだ」


「死ん……だ?」


 呆然としたままの峰茂呂は、やがて怒りの表情へ。


 俺の体が空間ごと消滅しては、再び戻ることの繰り返し。


 やがて、呼吸を荒くした奴が休憩した。


 俺は何事もなかったように、提案する。


「お前の攻撃では、俺を倒せんぞ? さっきのメイドに免じて、いったん逃げることを許そう」


西坂にしざか……。お前は……。お前はいったい何なんだ!?」

「さっき言った!」


 だが、視線を下に向けた時にランティーヌのメイド服が目に入ったことで、気が変わった。


「化け物だよ! 分かりやすいだろう?」


 見上げれば、俺の視線を追ったのか、同じようにメイド服を見た峰茂呂。


 自分の攻撃が効かないと分かり、悩んでいるようだ。


 仕方ないので、繰り返す。


「メイドの献身によって、逃げることを認めた! 俺とイリナは追撃しないから、とっとと帰れ! 地上にいる仲間は、手遅れだがな?」


 すっかり具材が溶け込んだスープと化した、湖もどき。


 いい加減に、この状態を解除するかな? と思っていたら――


「この街も犠牲になっちゃったねえ……」


 暢気すぎる声。


 そちらを見れば、同じ大地に立っているイリナだ。


「やるなら、カジノの連中だけにしたかった」


「まったく!」


 俺たちの会話に、上空から震える声。


「お、お前ら……。自分が何をしたのか、分かっているのか!?」


 見上げて、すぐに答える。


「もちろん」

「それを言うのなら、街中で仕掛けてきた布立くん達が悪い!」


 理解できるように、付け加える。


「この浅いプールみたいな状態は、俺の能力をそのまま解放した結果だ」


 その後に、片手用のハンドライフルを失ったことで、やむなく解放したと締めくくった。


「あのメイドの狙いは、良かったけどな? 相手の武器を壊したら戦術兵器が出てくるとは、誰も思わんわ!」


 本当に事故。

 ランティーヌ・ディアは、優秀だった。


 男の趣味を除いて……。


 それでも、好きな男子を貶せば、低空で侵入してきた戦闘機に誘導ミサイルを数発ぐらい撃ってくる感じだ。


 直線で加速しつつ、フレアからの急旋回で振り切ろう!


 たぶん、二発目で食らうけど。


 馬鹿な想像をしていたら、峰茂呂が再起動した。


「ランは!?」

「だから、死んだと言った……。この水に触れれば、分解される」


 俺は何回、こいつに説明すればいいのだろう?


 内心でウンザリしていたら、峰茂呂は空中の足場で立った。


「う、嘘だろ?」


 俺が黙っていると、奴は自分の結界スキルによる階段を作った。


 その意図を察して、俺は滑るように場所を空ける。


 イリナも、それにならった。



 下り階段は、俺が戻ってきた場所。


 つまり、ランティーヌ・ディアの死んだ場所へ続いていた。


 一歩ずつ下りていく峰茂呂は、その分だけ死へ近づく。



 見ていられなくなったのか、イリナが口を開いた気配。


「ヒト君が言ったでしょ!? あ……」


 片手を横に伸ばしたことで、彼女は黙った。


 結果として、俺たちは峰茂呂が水の中に立つのを見守る。


 じきに、奴の服とメイド服だけが残った。


 浅い水でも、ゆらゆらと揺れる。

 その連れ添っているような光景を見た後で、俺は全ての水を消した。


「行くぞ」

「……うん」


 人がいなくなった街で、適当に漁る。


 食糧などを背負いつつ、次の街へ向かった。


 歩きながら、説明する。


「俺は、奴に『逃げていい』と言ったんだ……。てっきり、味方と合流して仇討ちをすると踏んでいたがな? 彼女が死んだ場所で一緒に逝きたいのなら、それもいいだろう」


 息を吐く。


 隣を歩いているイリナは、独白するように呟く。


「良かったね? 何を置いても欲しかったはずの私の言葉を無視してでも、一緒に死んでくれるほどには好きだったようだよ?」


 どうやら、ランティーヌへの手向け。

 彼女と戦っていただけに、俺の知らないところで話していたようだ。


 今となっては、奴の本音は分からない。


(まあ、そういう事にしておくか……)


 死者には、敬意を払うものだ。


 だが――


「次は、元クラスメイトの主力だな?」

「うん……」


 決戦の前に、準備をしておかないと。

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