第19話 覆い尽くす死と最後の献身

 暗やみの市街地に立つ、衣川きぬがわイリナ。


 武器である、自身と同じぐらいの紫に発光する大剣を地面に突き刺したまま。


 パートナーの西坂にしざか一司ひとしが空間ごと抉られ、周りを取り囲んでいる布立ぬのだて峰茂呂みねもろのチームが圧倒的に有利。


 なのだが!


 リーダーの峰茂呂は、イリナを口説き続ける。


 彼の愛人を兼ねるランティーヌ・ディアも、メイド服で相手と向き合ったまま。


 低レベルで戦える人手は、まだ10人ほど。

 有象無象の兵士、騎士ならば、その倍以上。


 指揮官の命令がなく、まだ話が通じるランティーヌを見るも、彼女は自分の胸の前で離した両手を内側に向けている構えだ。


 疲れた峰茂呂が、いったん口を閉じる。


 その間に、イリナの死角から、じりじりと近づくモブたち。


 今度は、ランティーヌも止めない……。


 いかにも接近戦に強そうな男が、城壁も打ち砕けそうなハンマーを両手で振り上げつつ、一気に踏み込む。


「たぁああああっ!」


 キ――ンッ


 甲高い金属音が響き渡り、くるっと一回転したイリナは、片手で持つ大剣を下げた。


 重心が下がり、自然に止まる。


 次の瞬間に、彼女の切っ先が通り過ぎたラインで、上下にズレた。


 今度は遠慮しないらしく、町の建物ごとだ。


 すさまじい轟音と土煙が、辺りを満たす。


 自分の死角、つまり半円への攻撃をしたようで、彼女の正面にいた峰茂呂のほうは無事。


「なっ!」

「嘘だ……」


 生き残ったモブは、戦意を喪失した。


 追撃しないイリナが、最後の慈悲を与える。


「逃げるといいわ! 一刻も早く、この街から……」


 我に返った一部は、激昂する。

 奇声を上げつつ、声がしたところへ一斉攻撃。


 イリナは、下に突き刺した大剣をポール代わりに、次々と拳や蹴りで吹き飛ばす。


 しかし、物量で押され、やむなく後退。


 頼りにしていた魔剣アルキュミアを失う。


「よし! これで、あいつは素手だ!」

「とにかく、休ませるな!」


 見た目は、華奢きゃしゃな女子高生。


 それゆえ、自分たちの優勢と考えたのだ。


 多少強かろうが、大勢で押さえつければ、何とでもなると……。


 首を振ったイリナは、タイムリミットを告げる。


「残念! もう、誰も助からないわよ?」


「それはどういう――」


 峰茂呂の発言は、いきなり自分に絡みついたケーブルによる移動で終わった。


「逃げて、!!」


 公私の区別をつけるランティーヌが、それを初めて破った。


 宙を舞う峰茂呂は、自身の結界スキルにより、空中に足場を作る。


 転がりつつ、何とか停止。


「ラン! いきなり、何を……」


 1人だけ空中に留まった彼は、自分を放り投げたランティーヌを探す。



 ◇



 ランティーヌ・ディアは、相手の出方を探っていた。


(どこから? 上か下か……。それとも、周囲を吹き飛ばす?)


 ダイザ村などの異常を見る限り、一瞬で呑みこまれれば、全て終わりだ。


 それでも、彼女は諦めない。


 向き合っている衣川イリナを観察する。


(この女には、分かっているはず……。それに賭けるしかない)


 イリナがキュベウテの街を丸ごと斬り捨てたときにも、ただ見る。


(どこ? どこなの?)


 冷や汗は、もはやシャワーを浴びた直後のようだ。

 ぐっしょりと濡れた服が張りつく。


 やがて、逃げろと叫んだイリナは、地面のほうをジッと見た。


(下!)


 ランティーヌはケーブルほどで出現させた長い物体を操り、峰茂呂の胴体に巻きつけてから、そのまま全身で空へ投げる。


 自分が逃げる時間はなかった。


 ランティーヌの足首は、急に満ちてきた水に沈む。


 この地形であるはずのない、増水だ。


「終わりですね……」


 上から響く布立峰茂呂を聞きながら、やり遂げた満足感に包まれる。


 そちらを見上げていたが、フッと笑いつつ、視線を下げた。


 最期まで見つめていなかった理由は、彼女にも分からないだろう。

 ハッキリしているのは、彼がもう少しだけ長く生きられること。


 ランティーヌが覚えているのは、急に足や胴体がなくなったように、自分の視界が下に落ちたことだけ。


 それでも、彼女は満足だった。


 これで、衣川イリナとは違う、特別になれたのだから……。



 ◇



 急に周囲を満たした水面は、見る見るうちに高くなる。


「何だこれ――」

「逃げ――」


 勝利を確信していたモブどもが、慌てふためく。


 すぐ避難しようと見渡すが、もはや自力で歩ける深さではない。


 それでも、片足ずつ持ち上げ、必死に移動しようとする男。


 急激な流れになっており、バランスを崩す。


 バシャンと倒れた男。


 けれど、その男はいつまでも起き上がらない。


 近くにいた仲間が助けようと見れば――


「ヒッ!」


 適当にちぎったパンのように、男のパーツが浮かんでいた。


 言うまでもなく、原因はこの水だ。


「た、助けて――」


 パニックになった奴が走り出し、同じくこけた。


 膝ぐらいの水に沈み、やはり解体された家畜のように……。



 阿鼻叫喚の地獄絵図になった街中で、ただ1人。


 衣川イリナだけが笑顔。


 何事もなかったように、水の中に立っている。


「お帰り、ヒト君♪」

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