第17話 ある意味ではダブルデート

 キュベウテの街は、暗闇に包まれていた。

 自宅や建物に引き篭もった人々は、外に通じる窓やドアを閉じている。


 平民の住居に窓ガラスのような洒落た設備はなく、雑な木板を横に並べた蓋だ。

 木の棒で支えて、半開きの状態にするのだが――


 街を破壊している連中を恐れて、どこもパタンと下ろしたまま。


 その建物の壁や屋上を蹴りつつ、衣川きぬがわイリナが走り抜ける。


 囲むように並走する一団も。


(さて、どうしたものかな?)


 片手で持つ、自身と同じぐらいの大剣アルキュミアが、紫に光っている。

 目印をつけているようなものだが、イリナは気にせず。


 敵のリーダーは、メイド服のランティーヌ・ディアだ。


「命があれば、構いません! ここで生け捕りにしなさい!!」


 けれど、その叫びはイリナの逆鱗に触れた。


(この期に及んで、布立ぬのだて峰茂呂みねもろへのご機嫌伺い!?)


 低空のヘリのような速度で足場を問わずに走っていた状態から、一気にブレーキをかける。


 ボロい屋上が引き裂かれていき、それでも止まらない。


 両足のバネだけで後ろへ高く飛びつつ、一回転。


 次の足場である下の建物を犠牲にすることで、ようやく停止。


 少し遅れて、武装した連中が取り囲む。


 それぞれにスキルの発動や、武器を構える音。


 イリナの正面には、ランティーヌが降り立った。


 月光に照らされた顔で、笑みを浮かべる。


「もう観念してください……。どれだけニシザカ様が強くても、ヌノダテ子爵のスキルには敵いません」


「好きな男は全肯定?」


 イリナの茶々を聞いたことで、ランティーヌは笑顔のまま、ギリッと歯ぎしり。


「四肢を切り飛ばしても、いいんですよ? 突っ込む穴が残っていれば、十分でしょうし……」


 イリナは肩に載せていたアルキュミアを構え、もう片方の手も添える。


 紫の光の後ろに、赤紫の瞳。


 口が半月を描き、獰猛どうもうな笑みに。


「やれるものならね?」


 言うが否や、光の線が走った。


 一瞬で、距離を置いて囲むグループを通りすぎる。


 ブレるように、イリナが姿を現した。



 ◇



 ランティーヌ・ディアは、驚愕した。


(なっ!?)


 向き合っている衣川イリナが、揺れた。


 次の瞬間に、囲んでいた味方の一団から血が噴き出す。


「がっ!」

「何だ……」


 訳も分からず、その場に崩れ落ちる面々。


「1つ、教えてあげる」


 再び、光る大剣を肩に載せたイリナが、笑顔で告げる。


「ヒト君と一緒にいるのは、単純に私より強いのと……」


 ――


「は?」


 ランティーヌは、間抜けに答えるだけ。


(意味が理解できない……)


 困惑するランティーヌに、イリナは淡々と話す。


「元の世界にいた時ね? 私とヒト君は、研究所に閉じ込められていたの! 理由は、どちらも世界を滅ぼすほどに危険だから!」


 聞いてはいけない、と本能が叫ぶものの、ランティーヌは動けない。


 その葛藤を知らずか、イリナは満面の笑みだ。


「管理している連中は、こう考えた! 2人をぶつけて共倒れか、どちらかを潰せばいいと……」


 上気した顔のイリナは、結果を教える。


「どこぞの〇〇しないと出られない部屋みたいにされて、私が先に仕掛けた。……どれぐらいかは、私にも分からない。けれど、最後に私は何かに埋め尽くされた。プールのような空間だったかな? ともかく、文字通りに全てを占められたことで、私は屈服したわけ! ある意味では、死んだの」


 両足を動かしたイリナが、月光に照らされた部分と影のある顔を向けた。


「分かるように言えば……。私たちは、どちらも世界を滅ぼせる存在よ? 魔神みたいに可愛いものじゃない。そちらのスキルを封じたぐらいで、どうにかできるとは――」


 一瞬で突っ込んできた男に対し、背中を向けていたイリナが上半身を捻りつつ、大剣をバットのように振り回した。


 同じ以上の勢いで吹っ飛んだ男は、進路にあった建物を破壊。


 向き直ったイリナが、話を続ける。


「思わないで?」



 拘束術式も効かない。


 剣戟でも、毒でも。


(このままでは……)


 もはや汗びっしょりのランティーヌは、端的に命じる。


「足止めを!」


 追いかけようとするイリナだが、閉じこもっていたはずの人々が一斉に飛び出してきたことで立ち止まった。


「えっ!?」


 その表情は虚ろで、操られている様子。


 武器を持たず、大勢でしがみつく。

 単純で犠牲をいとわないが、それだけに効果的。


 四方八方から押し寄せた群衆は、大剣アルキュミアによって薙ぎ払われる。


 その隙に、ランティーヌは糸を伸ばしての空中機動で離脱した。



 ◇



 俺は、布立峰茂呂の攻撃をひたすらに避けた。


 空中でキューブを作っているかのように、いきなり消え失せる。


(厄介なスキルだ……)


 今は、俺をいたぶりたいようで、わざと手足をもぐような切り取り。


 しかし――


(男と楽しむ趣味はないんでね!)


 片手に出現させたコンテンダーを構えて、峰茂呂に向けたまま、トリガーを引く――


 いきなり引っ張られる感覚で、一連の動作が止められる。


「とった!」


 女の声だ。


 急に軽くなった片手を見れば、小型のライフルとも言えるコンテンダーがバラバラに切られていた。


(糸による切断?)


 片手を振り、引っ込めていたかのように手首を戻した。


(イリナは、しくじったか……)


 見れば、着地したメイド。


 地面を跳ねるように、峰茂呂の傍へ。

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