第15話 殺して死ぬなら苦労しないよ?

 糸を操るスキルを持つ、ランティーヌ・ディア。


 戦闘メイドと言える彼女は、まさにメイド服のまま、闇夜の街を走っていた。


(お手並み、拝見といきますか……)


 その背中を追っていたら――


 前に出した足に、何かが引っかかった。


(おっと!)


 切断する糸ではない。


 弾力があり、かなり太い……。


(ワイヤーか!?)


 前に引っ張られたワイヤーが戻ることで、片足をすくわれた。


 嘲笑を含む、ランティーヌの声。


「いらっしゃ~い♪」


 俺はそれを聞きながら、空中で前に一回転しつつ、転がる。


 その勢いで、横へ。


 ほぼ真っ暗な道に、ガガガと、何かが連続して刺さる気配。


(長い棒ぐらいの糸を硬くして、加速させた?)


 要するに、棒手裏剣だ。


(芸達者なこって!)


 跳ねるように立ち上がったが、やはり見えないワイヤーに止められる。


(どうやら、ここは奴が仕掛けた網……。蜘蛛の巣か)


 よく見れば、至る所にワイヤーが張られている。


 その1本に降り立ったメイドが、悠然と見下ろす。


「投降しなさい! これが最後の警告です」


「やなこった」


 その返事を聞いたランティーヌが、ワイヤーによる反発で飛び回る。


 こちらも同じように――


「と思いました?」


 一瞬で遠くへ跳ねたランティーヌは、建物の屋根に降り立ち、笑みを浮かべる。


(しまっ!)


 俺が次の足場にしようとしたワイヤーにより……。


 片足を切断された。


「つうううっ!」


 足首から先を失ったぐらいで、受け身を取りつつも、上体を起こす。


 見下しているランティーヌが、説明する。


「言い忘れていましたが、それは高速振動モードに変えられます。太さも……」


「振動カッターというわけか」


 まだ自覚のないまま、痛みに耐える。


 これは、一本とられたな?


 片足だけに……。


 すると、近くに待機していた騎士や兵士が出てきた。


 焦った表情になる、ランティーヌ。


「まだ、早いです!」


 騎士の1人が武器を構えつつ、前へ出てきた。


「あとは、我々にお任せくださ――」

 ドンッ!


 大層なアーマーごと、片手で持つハンドキャノンで貫く。


 一発で、2人やれた。


 銃身を前に折り、ライフル弾を交換する。


 俺の耳に、ランティーヌの声が響く。


「致し方ありませんね……」



 ◇



 キュベウテの夜。


 離脱した衣川きぬがわイリナは、布立ぬのだて峰茂呂みねもろと対峙していた。


 紫に光る大剣、アルキュミアを両手で構えるイリナ。


 対する峰茂呂は、両手を下げたまま。


「俺は、君のために戦ってきたんだ。あの辛い魔導大戦で――」


 独白する峰茂呂に正眼の構えをしつつも、周りを探るイリナ。


(低レベルだけど、数が多い。20人? それに……)


 その視線で気づいたのか、峰茂呂は苦笑する。


「ムダだよ! 俺の空間スキルは、よく知っているだろう?」


 自分の大剣をはさんで睨んだままのイリナを見た峰茂呂は、諭す。


「俺はレベル60の結界師で、君も同じぐらいのウィザード……。元の世界ではともかく、今は君と並ぶだけの――」

「ご歓談中に失礼いたします。ノースキルの男は、始末せざるを得ませんでした」


 飛んできたメイド。


 ランティーヌ・ディアは、うやうやしく頭を下げた。


 峰茂呂は、頷く。


「そうか……。まあ、仕方ないさ! 聞いての通りだ、衣川さん」


 大剣を下げて、うつむいたイリナ。


 遠巻きに囲んでいる連中は、様子をうかがった。


 この場のリーダーである峰茂呂が、気を遣う。


「納得できないだろうが、俺たちが戦うことは――」

「フ、フフフ、アハハハハハハハ!」


 顔を上げたイリナは、狂気に染まったように笑い続けた。


 半歩だけ下がった峰茂呂が、正気に戻そうと試みる。


「き、衣川さん!? あいつは、俺たちを裏切ったんだ! すぐには――」

「どうやって、殺したの? ねえ? ねえねえねえ!?」


 その視線の先にいるのは、メイド服のランティーヌだった。


 同じくドン引きしつつ、かろうじて答える。


「あなたにも見せた、糸のスキルです……。足首1つを切っても抵抗したので、やむなくバラバラに寸断しました」


 同じ女として、彼女が愛した男の最期を話す気はなかったようだ。


 罪悪感を抱いている顔。


 けれど――


「それで?」


「ねえ、それでどうしたの?」


 明るいイリナの声だけが、夜の街に響いた。


 問われたランティーヌは、さらに怯えつつも、応じる。


「い、いえ……。その時点で、考えるまでもなく死んでおりますから」


 その言葉で、すうっと表情が消えたイリナ。


「あ、そう……」


 巨大なアルキュミアの切っ先を地面に差して、そのつかに手を添えた。


「はあっ……。喜んで、損しちゃった」


「……あの男と恋仲だったのでは?」


 ランティーヌの質問に、頷きつつも首をひねったイリナ。


「そうなんだけど……。たかがバラバラにしたぐらいで死ぬなら、私も苦労しないよ?」


「は?」


 混乱したランティーヌが、さらに問い詰めようと――


 ザッザッと、新しい足音。


「こんばんは、諸君……。元クラスメイトとは久々の再会だ。元気にしていたか、布立?」


 夜道で知り合いに遭遇したような、男子の声。


 言われた布立峰茂呂は、その男子を見て、怒りの表情に。


「……西坂にしざか!」


 両足でしっかりと大地を踏みしめているのは、メイドが細切れステーキにしたはずの西坂一司ひとしだった。

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