第14話 VS 人形使い

 俺と衣川きぬがわイリナを見ているメイドは、意外にも冷静だ。


 地面に降り立ち、自然体のまま。


「召喚された勇者さま、御二人とお見受けします……。今からでも恭順すれば、このキュベウテを含めた行動について、一切の責を問いません」


 大剣のアルキュミアを両手で構えたイリナは、じりじりと位置を変えていく。


 それを視界に収めつつ、メイドは両手でスカートの端をつまみ、頭を低くした。


「申し遅れました……。私は、ヌノダテ子爵にお仕えするメイドである、ランティーヌ・ディア男爵令嬢です」


 見事なカーテシーを行ったランティーヌは、メイド服のまま、すっくと立つ。


 イリナが、すぐに発言。


東羽とうは高校の元クラスメイト、布立ぬのだて峰茂呂みねもろ……。いよいよ、魔導大戦で戦った勇者のお出ましね!」


 ランティーヌは、片手を胸に当てつつ、会釈した。


「はい、おっしゃる通りでございます……。1つ、ご提案させていただきます。キヌガワ様がヌノダテ子爵の下へお越しになれば、特別にそちらの男は見逃しましょう」


「もう少し、バリエーションを作ってくれない? 同じセリフばっかり!」


 イリナの軽口に、ランティーヌは影が差した表情に。


「私はLv21ですが、人形使い……。【糸繰り】のスキルから逃れた者は、未だに見ていません」


 指を広げたまま、拳法とは違う、独特の構えをとるランティーヌ。


「ヌノダテ子爵は、あなたをご所望です。キヌガワ様?」


 ドロッとした感情をにじませたランティーヌが、イリナを見据える。


「彼は、あなたと似た少女を抱いていましてね? 私が相手をする時にも、あなたの名前を呼ぶんですよ」


 ランティーヌが片手を握ったことで、近くの外壁が広範囲にわたり、砕け散った。


 バラバラと落ちる瓦礫に構わず、笑顔の彼女が言い捨てる。


「いい加減にして欲しいんですよね……。人を代用品にするのは……」

「私には関係ないんだけど?」


 怖い笑みを浮かべたままのランティーヌが、首を横に振った。


「そうは参りません! ヌノダテ子爵には、あなたに失望してもらわないと……」


 要するに、本人をあてがうことで、理想ではなく現実にしたい。


「欲しければ、あげるよ!」

「ご自分で、彼に言ってください」


 本音を伝えたランティーヌは、無表情に。


(もらった!)


 まるでロープを引くように、両手を動かす。


「おっと?」


 傍観者になっていた西坂にしざか一司ひとしの体が、勝手に動いた。


 よく見れば、すでに糸が巻き付いている。


 ランティーヌが、説明する。


「遊びは終わりです……。この男をバラバラにされるのがお嫌でしたら、早くヌノダテ子爵のところへ行き、上下のお口で喜ばせてあげてください」


「ヒト君!?」


 イリナの叫びに、一司は縛られたままで、命じる。


「仕方ない……。こっちは自分で何とかするから、周りを頼む!」


「う、うん。分かった!」


 紫に光る大剣を抱えたまま、イリナは地を蹴った。


 一瞬で、姿を消す。


 舌打ちをしたランティーヌは、両手を引くことで、一司を締め上げた。


「彼女は逃がしたい……ですか? しかし、ノースキルのあなたは助かりませんよ? 戻ってきた時点で、結局は同じ」


 ペロッと自分の唇を舐めた彼女は、ニヤッと笑った。


「知ってます? どことは申しませんが、根元のほうを縛ると、終わりたくても終われないんですよ! あの女の名前を呼んだ回数だけ、ヌノダテ子爵が懇願するまでイジメているんですけど――」


 死の線。


 直観的に捉えたランティーヌは、とっさに頭をそらした。


 ほぼ同時に、衝撃波。


 背後の建物が、半分ほど消し飛んだ。


「シュッ!」


 息を吐きながら、近くの塔に伸ばした糸を縮めることで、宙を舞う。


 建物の屋根に着地しながら、すぐに状況を把握。


 片手で持つ小型ライフルのような武器を持った一司に、撃たれたのだ。


(魔法による武器? しかし、どうやって拘束を……)


 考えている間に、片手で持つコンテンダーを前に折り、次の弾丸を装填する一司。


 重い発砲音。


 同じように、体から伸ばした糸による空中機動で回避。


(威力は高い……。しかし、単発! それなら!)


 あえて、自分から接近する。


 銃口の先にしか発射できないと踏んでの格闘戦へ。


 ダンスのように密着した間合いで、相手の足を崩し、払おうとするランティーヌ。


 両手による打撃や、回転による蹴りも。


 いっぽう、不利になったことでコンテンダーを消した一司も、両手両足でさばき、逆に打撃や掴み。


 お互いの動きで、風切り音が続く。


 糸で巻きつけての拘束を狙うも、今度はまったく通じない。


(なぜ!?)


 予想外の展開に、冷や汗を流すランティーヌ。


 ガードした腕が、受け流しても、じんじんと痺れる。


 純粋な格闘戦では、分が悪い。


(手替わりをしないと……)


 ノースキルであり、スキル妨害にも反応しない、西坂一司。


 片手で持つ、ゴツい武器をどうにかすればいい。


(アレさえ無力化すれば、応援と一緒に封殺できます)


 そう結論づけたランティーヌは、身をひるがえした。


 走りながら、チラリと振り返る。


(フフフ……)


 背中を見せて逃げるメイドに、追う一司。


 彼女の仕掛けは、まだある。


 イリナを説得するためにも、この男はまだ生かしておくべきだ。


 即興で縛れないのなら――


(全身を絡めとればいい……)


 コンテンダーを破壊するか、それを使えない状況にする。


 わざと速度を調整したランティーヌは、罠に誘い込むべく、走り続けた。

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