第8話 この世界は物騒だ

「ダイザ村が消滅した!?」


 ソファーに座っている少女、イングリットが、声を上げた。


 ブロンドヘアーをなびかせつつ、エメラルドグリーンの瞳を向ける。


 片膝をついている男は、報告を続ける。


「ハッ! エルダーウィッチにして、勇者さまの管理官たるアブリック辺境伯への正式な要請でございます!」


 イングリット・ド・アブリックは、ため息を吐いた。


「面倒ですねー! 皇帝陛下の勅命と……」


「ハッ! 陛下は、ディエヌスの危機とお考えで――」

「分かっていますよ! 具体的には?」


「ダイザ村があった周辺は、暗闇に覆われています。偵察に出た部隊も、ことごとく戻ってきません。その中には、低ランクながら勇者さまも!」


「領主は?」


「ブルクハルト・ヴァーグ子爵が直々に向かったものの、残念ながら……」


 息を吐いたイングリットは、頭を振る。


「役立た……。それは残念でした。他には?」


「……ヴァーグ子爵は、キヌガワ嬢を迎えに行くとか」


 思い出したイングリットが、頷く。


「ああ! 衣川きぬがわイリナですね!」


「はい。……裏切ったのでは?」


「まだ、情報が足りません! 近くの勇者さまに召集をかけつつ、私も行きましょう」


「お願いいたします」


 報告している男と、イングリット。

 

 どちらも、ノースキルだった西坂にしざか一司ひとしを気にせず。


 というか、覚えてもいない。


 当たり前だ。


 この世界でスキルなしは、奴隷より酷い。

 城や関係している場所での下働きは、まだマシ。


 そうでなければ、憂さ晴らしに嬲り殺しが珍しくない。


 馬鹿にしている態度のイングリットだが、説明していた内容は正確。

 その善意をドブに捨てて冒険者を選んだ一司なぞ、気にかける必要もない。


 報告した男が退室した後で、イングリットは空中に浮かべた画面を見る。


「ふむふむ……。まあ、数名もつれていけば、十分でしょう!」


 ピタリと立ち止まって、考え込む。


「空間をねじ曲げる……。それほどのスキルとなれば、どのクラスに発生するのでしょうか? 実に興味深いですね! ゴブリンにも勝てないノースキルでは、絶対に無理でしょうけど」


 クスクスと笑ったイングリットは、召使いを従えて、立ち去る。



 ◇



 そのゴブリンは、絶望していた。


 子供ぐらいの背丈の亜人、モンスターに分類される彼は、泣いている。


 命乞いをするように、何かを言っているものの――


 その内部からボコボコと膨らみ、空気を入れすぎた風船のようになっていく。


 粘土をこねくり回しているように形を変えていき、やがて黒い影のように。


 けれど、斬撃のような光で横に切り裂かれ、そこから消えた。


 片手を振った男子高校生は、ゆっくりと振り返る。


「ダメだ! やっぱり、上手く制御できないや!」


 ノースキルの西坂一司だ。


 周りには、似たような残骸が散らばっていて、凄惨な光景。


 見守っていた衣川イリナは、引きつった顔だ。


「ヒト君、怖いよー?」


 言いながらも、ゴブリンどもを実験していたことは責めていない。


 一司は諦めたようで、イリナと共に歩き出す。


「領域展開に耐えられるモンスターは、いるのかな?」


「無理だと思うけど……」


 呆れたイリナが、話しかける。


「そんなことだから、元の世界で収容されていたのよ!」

「お前もな?」


 歩き続けた2人は、やがて町の光を目にした。


 といっても、外壁のない集落だ。


 村と呼ぶには、規模が大きい。



 ――リュイリエ


 余所者としてジロジロ見られたが、ヴァーグ子爵の一行やダイザ村から徴収した金で支払いを済ませた。


 唯一の宿屋で部屋をとり、併設されている酒場で食事をする。


 ガヤガヤと賑やかで、旅を続ける行商人や、キャラバンを組んでいるらしき商人の集まり、武装した冒険者や傭兵がいた。


 西坂一司は、近くの村に住んでいたことで、目立たない服装。


 けれど、衣川イリナは、その美貌と若さで目立ちまくり。


「よお、姉ちゃん! そんな細い奴じゃなく、俺たち――」


 木のジョッキを持ったまま、山賊みたいな男が絡んできた。


 隣に座っている一司を無視して、イリナに話しかけている。


 ところが、その木のジョッキが手首ごと凍りついた。


「なっ!?」


 イリナが指を鳴らせば、元に戻った。


 凍っていた証拠で、ずぶ濡れの状態だが……。


 無事だった手で、凍っていたほうを触る男。


「お、おめー! まさか……。勇者さま!?」


「分かったら、大人しく戻りなさい」


 後ずさった男は、舌打ちと共に、自分のテーブルへ引き返した。


 周りも、自分たちの会話へ。


「聞いたか? ダイザ村が消えたんだと!」

「それも、真っ暗闇に包まれてな……」


「魔王でも現れたんじゃねえの?」


「次は、このリュイリエか?」

「おいおい……」


 さっきとは別の男が、近づいてくる。


「なあ? お前らは、ダイザ村について知らないか?」


 学習したらしく、俺に話しかけてきた。


「いや、知らない」


「そ、そうか……。邪魔したな?」


 男は粘らず、あっさりと引き返した。


「近くにできたゴブリンの巣へ行ったら、外に破裂した死体ばかりで――」


 物騒な世界だ。


「俺たちも、注意しよう」


 そう言ったら、ジト目のイリナが、はーっとため息を吐いた。

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