第7話 待ってやる義理はない

 ダイザ村まで降りたら、貴族っぽい連中が待ち構えていた。


 予想通りに、今度は騎士団だ。


 その中で一番偉そうな男が、座っていたチェアから立ち上がる。


「おお! あなたが、天才ウィザードと名高いキヌガワ嬢ですか! この私、ブルクハルト・ヴァーグ子爵がお迎えに参りました……」


 気障っぽく、正面で腕を横にしたまま、頭を下げた。


 こんな野外で、よくやる。


 そう思っていたら、衣川きぬがわイリナが応じる。


「じゃ、帰ってくれる? わざわざ来てもらって、悪いけど」


 低く笑ったブルクハルトは、指を鳴らした。


 ごついフルプレートアーマーを着込んだ、2mはありそうな騎士が出てきた。

 両手に、丸太のような金属のメイスを抱えている。


 頭部のヘルムの正面は鉄格子のようで、何ともシュールだ。


 わきわきと手を動かしたイリナは、ため息を吐く。


「やっぱり、スキル封じ……」


 野外のチェアに座り直したブルクハルトが、笑う。


「ハハハ! 素手の打撃は得意なようですが……。そのジェリンド・ファースきょうは騎士クラスでLv20! しかも、【要塞】のスキル持ちだぞ? あなたの手足を痛めるだけ――」


 イリナが動いた。


 短距離のアスリートのように低くなり、一気に詰める。


「ふっ!」


 息を吐きながら、地面の上を滑るような回し蹴り。


 突進した勢いをジェリンドの片足に叩きつけるも――


 耳を塞ぎたくなる轟音だが、周りの空気まで震わすものの、奴はビクともしない。

 その表情は見えず。


 イリナは、地面に片手をついている状態から、回り込むように打撃を加えていく。

 残像を残し、スピードアップ。


 様々な打撃音が重なり、その土埃つちぼこりで見えなくなった。


 けれど、見学していた俺の隣に、両足で滑ってくる。


「ヒト君、これじゃダメ!」


 相手のほうを見たまま、俺に訴えかけてきた。


 ジェリンドは、笑い出す。


 くぐもっているため、独特の響きだ。


『ガハハ! それで終わりか、小娘?』


 同じく見守っていたブルクハルトが、余裕たっぷりに命じる。


「理解していただけましたか? ファース卿! そこのノースキルを排除しろ! くれぐれも、キヌガワ嬢を傷つけないようにな?」


『了解した』


 ジェリンドは、重い足音で歩いてきた。


 俺の隣にいるイリナが、じっと見つめている。


 その視線に負けて、彼女のほうを見た。


西坂にしざか一司ひとしの名において、アルキュミアの使用を許す!」


 にぱーっと笑ったイリナは、応じる。


「イエス、マイロード!」


 地面に立つ足をずらす。


 何かを迎えるように、その両手を添えた。


 バチバチと発光しながら、黒く、紫に光る大剣が出現。


 イリナは、自分の身長がありそうな大剣を両手で握り、肩に背負うように構えた。



 それを見たジェリンドは、馬鹿にしたように笑い、意に介さず。


 彼女がいないかのように、俺のほうへ一直線だ。



 再び突進したイリナは、大剣を頭上から振り下ろした。


 その姿勢のままで、地面に突き刺さった部分を外してから、後ろへ飛びすさる。



 動かないジェリンドに、苛立ったブルクハルトが叫ぶ。


「何をしている、ファース卿! 虚仮脅しの剣術など――」


 防いでいた巨大なメイスと一緒に、小さな山のようなフルプレートアーマーが左右にズレた。


 中の大男と一緒に、ドシャアと、同じく左右に倒れ伏す。



 全身を使い、大剣の血振りをしたイリナは、得意げだ。


「どう?」


「ハイハイ。すごい、すごい……」


 イリナは、むくれた。


 それはさておき、残りの連中は帰ってくれるだろうか?


 他の騎士は、動揺している。


「ファース卿!?」

「そんな……」


 次に、ブルクハルト・ヴァーグ子爵を眺めたら――


「き、貴様は恥ずかしくないのか!? レディの後ろに隠れて……。少しでも男の気概があるのなら、一対一で戦え!」


 ああ、そう来たか。


 すると、イリナが反応した。


「ヒト君は強いんだから!」


「本来ならば、この私と決闘をするなど、最弱のノースキルには過ぎたる栄誉だが――」


 ええい!


 そのステレオ音声を止めろ!


 神経が苛立つ!!



 イリナが、俺の代わりに返事をする。


「受けて立つ!」



 止めろ、イリナ!


 乗るんじゃない!!


 戻れ!


 という願いも虚しく、俺とブルクハルトの決闘が決まった。



 ギャラリーに囲まれ、俺は奴と向き合う。


「このブルクハルト・ヴァーグ子爵! 麗しのキヌガワ嬢を取り戻すため、この決闘――」


 片手にずっしりと重いグリップを握った俺は、ライフルを小型にしたような銃身を前に折り、その穴に弾丸を詰めた。


 元に戻してから、ワンハンドのままで銃口を向け、トリガーを引く。


 ダアンッ!


 口上を述べていたブルクハルトの頭が、スイカ割りのように弾け飛んだ。


 ドサリと倒れる。



 誰もが思考停止した中で、イリナだけが、パチパチと拍手をしていた。


 再び銃身を折り、空薬莢をつまみ出す。


 ……これ、もう行っていいかな?



「お、おのれぇえええっ!」

「よくも、ヴァーグ子爵を!」


 あ、やっぱり?


 そうなっちゃうか……。


「イリナ? 面倒だから、もう領域展開するわ」


「え゛!?」

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