第6話 俺の自称彼女はとても怖い

 ザッ ザッ ザッ


 規則正しい足音が聞こえる。

 その間隔から、素人だ。


 愚痴を言うような声も、重なっている。


 夜目に慣れてきたので、衣川きぬがわイリナの姿もしっかり見える。


 今は怖くない!



 勝手に住み着いた小屋から出れば、松明に囲まれていた。


 前に出てきた爺は、麓にあるダイザ村のトップだったはず……。


一司ひとしよ! 領主のヴァーグ子爵が村にやってきて、勇者の1人、キヌガワを求めておる! ……その女だな? ワシらについてこい! ふーっ。これで子爵さまの機嫌を損ねずに済んだ」


 爺から視線を外して、後ろのギャラリーを見れば、村の若い男どもだ。


 ジリジリと俺たちに近づき、主にイリナを囲む。


 その本人が、俺を見た。


「ヒト君、どうする?」


「どうでもいい! 物々交換はしても、ほぼ自給自足だったし」


 頷いたイリナは、集中する。


 いっぽう、俺の発言を聞いた爺が、暗闇でも分かるほど真っ赤な顔に。


「貴様! これまで大目に見ていれば――」

「ブローウェー♪」


 ボボボボッ


 魔法の範囲を拡大したのか、爺を含めて、若衆の自警団たちが夜空に、カタパルト発進のような速度でバラバラに吹っ飛んでいった。


「「「「あああぁ~!」」」


 様々な方向への風が吹き荒れ、俺の家は屋根が吹っ飛ぶ。


 それを見て、一言。


「もう住めないな……。で、どこに飛ばした?」


「知らない! どいつも100kmはあるから、戻るのは大変だろうね?」


 笑顔のイリナに、提案する。


「戦えるのは、全員やってきただろうし……。朝になったら、動くか」


「そうだね」



 ――翌朝


「お、おめー! 何てことをしてくれたんだ!!」


 かろうじて、見たような気がする村人Aが、俺に叫んだ。


 しかし、昨夜とは違う。


 余所者にマウントするしかない村人とは違う、少しは戦闘に慣れている雰囲気と装備の兵士たちが10人ほど。


 その隊長らしき男が、村人Aにイキる。


「おい! こいつが、村に住み着いた部外者だな?」

「へ、へい!」


 卑屈になった村人Aは、肩をつかまれ、乱暴にどかされた。


 その勢いで、すっころぶ。


 隊長は、部下と一緒にソードや槍を向けつつ、叫ぶ。


「あなたが、キヌガワ様ですな? ヴァーグ子爵が下の村でお待ちになっています――」


 イリナが魔法を使おうとするも……。


「ムダです! こちらには、スキルを封じる手段があります! その男を殺されたくなければ、ついてきてください! 昨夜からお待ちのヴァーグ子爵がお怒りになれば、どうなっても知りませんよ?」


 それを無視して、イリナが確認してくる。


「やっちゃっていいんだよね、ヒト君?」


「暴れていいぞ」


 俺の返事を聞くや否や、イリナの姿がブレた。


 地面がえぐれて、彼女がいた場所から外へ突風が吹き荒れる。


 イリナを捕らえるよう命じていた隊長は、彼女の拳によって顔の形が変わっていく。


 拳を振り切ったことで、グリンと回転した顔。


 人間にあり得ない可動域のため、両膝を地面につき、そのままドサッと倒れた。


「た、たいちょ――」

 反応した兵士の腹に、穴が開くような衝撃。


 イリナの腹パンで『く』の字に曲がった兵士は、鼻と口から血を噴きつつ、倒れ込む。


 その間に、イリナは別の兵士にマッチアップ。


 血の一滴もかかっていない姿で空中に飛び上がり、両足で相手の首を挟み込みつつ、地面で受け身を取りつつ回転。


 体ごとの動きで、兵士は首の骨が折れた。


 両手で地面を叩き、その勢いで宙を舞う。


「あいつを止め――」


 ヒュッと風切音を響かせる白刃に怯まず、伸びている相手の腕を叩きつつ、相手のあごの下から平手で押して、そのまま後ろへ投げる。


 スライディングで、槍の下から相手の足元へ。


 倒れたままで回り込み、両足で相手の足をはさみ、向きを変えつつ崩した。


 入れ違いのように立ち上がったイリナは、落ちた槍を握り、一連の動きで他の兵士へ投擲。


 串刺しになった兵士が、呻きつつ、倒れ込む。


 それを見ながら、倒れた兵士の喉をダンッと踏み潰した。


 ここまで、数分もかかっていない。



 生き残った兵士どもは、ガタガタと震えながら、後ずさり。


「う、うわぁああっ!」


 1人が背を向ければ、残った兵士も続く。


 異世界のスキルなんぞ軽く超える、強さだ。


 そりゃあ、怖いさ……。



「じゃあ、行くか!」

「うん!」


 兵士の死体や、瀕死の奴に構わず、俺たちは歩き出す。


 すると、我に返った村人Aが、イリナの足に縋りつく。


「た、頼む! 村を救って――」

 ボグッ


 止める間もなく、イリナの蹴りが下から放たれた。


 四つん這いのような格好だった村人Aの顎は跳ね上がり、口から血を流しつつ、倒れた。


 冷たい目で見下ろしたイリナは、吐き捨てる。


「……気安く触らないで」


 相手は、俺たちを貶してくれた奴だし。


 多少はね?



 村人の自警団、次は兵士。


 だったら、今度は騎士か?


「元クラスメイトは、出てくるかな?」


 考え込んだイリナは、否定する。


「私たちのクラスは、たぶんいない……。スキル持ちはいると思うけど」

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