第5話 重い女が追いかけてきた

「見よ! これがディエヌスを救った英雄たちである!」


 偉そうな人物が叫び、かつて高校生と呼ばれていた集団が照れくさそうに立つ。


 横一列だが、クラス単位で召喚された時よりも人数は少ない。


 バルコニーの下に集まっている人々は、拍手喝采を送った。



 茶番とも言えるセレモニーが、終わった。


 東羽とうは高等学校の記憶も薄れた男女が、それぞれに談笑しつつ、今後の身の振り方を考える。


「俺たちも、ずいぶんとレベルが上がったもんだ!」

「これで、あとは悠々自適ってわけか……」


 高校を卒業するまでの時間かどうかも怪しいが、命のやり取りは人を変える。


 良くも悪くも。


「そう言えば、最初にいたノースキルの連中は?」

「知らん」

「無能な下働きだから、いてもいなくても同じだぜ! ハハハ!」


「俺たちも、だいぶ減ったもんだ……」


「せめて、残った俺たちだけでも、あいつらの分まで幸せになろうぜ?」


「ところで……。まだ『元の世界に帰りたい』とほざく奴がいるんだってな?」


「イングリットさんも困っていたし、シメとくか? 落ち着いたから、数を減らしても構わないだろ」


「お! だったら、最初に出ていこうとした衣川きぬがわはギルティだよな!?」


「そうだな……」

「これまでは大事な戦力だったが、もう我慢しなくても大丈夫か!」

「今日は打ち上げだぜ? お楽しみは後に取っておこう」



 バカ騒ぎをした彼らは、翌日の昼過ぎになって思い出し、控えている召使いに命じるも、他ならぬ衣川イリナと、元の世界に帰りたいグループが消えたことを知った。



 ◇



「聞いたか? 召喚された勇者さま達が、ついに成し遂げたんだってよ!」

「こりゃ、めでたい!」

「ウチみたいな田舎には、関係ないって!」


 日が暮れたら、10m先も見えなくなる、山に囲まれた場所。


 みすぼらしい小屋のような住宅がポツポツと並び、交易所や酒場がある。


 ダイザ村で、いつものように生活必需品と交換していく。


「はい、これ! わざわざ、山奥で暮らさなくても――」

「また来るよ」


 ザクザクと山道を登れば、夕暮れが横に並ぶ。


 自分で耕した畑からジャガイモなどを掘り返し、手早く回収する。


「ふー! 今日は、軽めに調理するか……」


 誰かが住んでいた小屋に入れば、ちょうど日が暮れた。


 真っ暗な土間から板敷へ上がって――


「ヒト君、お帰り~♪」


 女子の声と共に、暗がりで赤紫の光が2つ。


 俺は、収穫したばかりの作物を落とした。


 忘れていた恐怖を思い出し、絶叫する。


「うああぁああああっ!?」


「ヒト君、そこに座って?」



 ――30分後


 自分の家で正座させられた俺は、情報交換をした。


「つまり、お前たちはディエヌスを救ったわけ? 良かったね!」


 ジト目になった衣川イリナが、突っ込む。


「良くない! 何で、私に黙って出ていったの!?」


「あの時点で逆らえば、クラスの連中を含めて、全滅しただろ? イングリットも切り札があるっぽいし」


 板敷で座ったまま、後ろに両手をついたイリナは、だらしない格好で同意する。


「そーねー! まあ、クラスのみんなが人質で、精鋭が控えているところでは厳しかったか……。で、どうするの?」


「お前が来たのなら、どうせイングリット辺りが動くだろ! こういう時のために、近くの村でも交流しなかった」


 得心がいった表情のイリナは、上体を戻した。


「クラスの中で、元の世界に戻りたい人は帰したから!」


 それを聞いた俺は、低く笑う。


「だったら、遠慮はいらないか! すぐ帰ってもいいが……」


「お礼参りをするんでしょ?」


「やらいでか! 少なくとも、俺たちを攫い、使い倒した分はな?」


「ヒト君は、ここでスローライフをしていたけど……。元クラスメイトや、前に召喚された連中が敵対したら?」


「俺たちの敵になった時点で、どうもこうもない! この世界の一員になった時点で、クラスメイトとは呼べないさ」



 ◇



 ダイザ村に、騎士の一団が入ってきた。


 馬車の中から眺めたブルクハルト・ヴァーグは、文字通りに何もない山間部に、眉をひそめた。


「ふんっ! 子爵たる私が、このような田舎まで……」


『ヴァーグ子爵! 目的地に到着しました。村長の屋敷を押さえましたので』


「ご苦労! すぐに降りる」


 観光地ではない僻地に、貴族向けの宿はあらず。


 比較的マシな屋敷――ブルクハルトには家畜小屋――に宿泊しつつ、目的を果たすのみ。


「フフ……。麗しのキヌガワ嬢、もうすぐお迎えに上がりますよ」



 勇者召喚で当たりと言われていた回。


 その中でも、魔法の達人であるウィザードとして、魔導大戦で活躍した逸材がいる。


 女子高生として若く、その美貌はディエヌスでも屈指。


 誰もが切望しつつ、生死を共にする仲間だけではなく、乙女ゲーのような男ですら相手にしない。


 それが、衣川イリナ。


「姿をくらました姫君が、まさか私の領地へ逃げ込むとは……」


 夜会やパーティーでは、王族や高位貴族に逆らえず。


 だが、自分の領地であれば、話は別だ。


「もうすぐ、私の夢は全て叶う!」


 絶対的な力を持ち、いくらでも子供を産める若さと、美貌を持つイリナ。


 他に気づかれる前に、自分の女にすれば……。



 ブルクハルトは、確かに幸運だ。

 

 西坂にしざか一司ひとしとイリナについて、真実を知る権利を得たのだから。

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