第9話 出てこなければ迷い込まなかったのに!

「ねえ、ヒト君?」

「何だ?」


 座り込んで、地面を掘っている俺は、作業を続けながら答えた。


 同じような姿勢の衣川きぬがわイリナは、文句を言う。


「私たち、いつまで繰り返すの?」


「今日と明日の食事ができるまで……」


 俺の返事に、立ち上がったイリナは大声で叫ぶ。


「いくら正体を隠すと言っても、ずっと最底辺の薬草とりはもう嫌ぁあああっ!」


「そうか?」


 今の俺たちは、リュイリエの町から離れ、とある冒険者ギルドで仕事。


 ランクEの駆け出しは、野外にある薬草をとるだけ。


 それだけでは生活できず、土木作業とかしているけど。



 ――冒険者ギルド


「では、キュア草がこれだけで――」


 カウンターに、ジャラジャラと、銅貨が置かれた。


 これで、2人が数日は食える!


「やったな」

「あ、うん……」


 帰りがけに、野菜やパンを買い、粗末な共同住宅の竈で調理する。


 物置のような個室で、黙々と食べた。


「明日は、休みにするか?」

「……うん」



 ――翌日


 目を覚ましたら、イリナがいない。


 気にせず、ダラダラと過ごした。



「たっだいまー!」


 妙にハイテンションだ。


 イリナは笑顔のまま、提案してくる。


「今日は豪華に過ごそう! お金あるから!」


 いつの間に、溜め込んだ?


 そう思いつつ、イリナに背中を押されるように、繁華街へ。


 服一式を買い、その場で着替えてから、貴族も利用する宿でフルコース。


「美味しい♪」

「ああ……」


 同じく、広い空間に天蓋つきのベッドで就寝。



 ――冒険者ギルド


 休日を終えて、いつもの薬草採取へ。


 しかし、定型のクエスト受注でカウンターへ行くと……。


「キーガワ(偽名)さん、今日もお願いし――」

「その話は止めてね?」


「あ、はい……」

 

 ギルドの事務員に圧をかけたイリナは、ジト目の俺を気にせず、提案する。


「さ、行こ――」

「おう、キーガワの姉ちゃん! 今日もアウルムゴーレム退治、よろしくな!」

 

 解体と査定をする男が、汚れた前掛けをつけたまま、大声で叫んだ。


 ギルドの中に響き渡る。


「おい、聞いたか? アウルムだってよ!?」

「マジか! 1体で、町1つが数ヶ月は暮らせるっていう……」


 酒場で飲んだくれていた奴らが、一斉に俺たちを見た。


「どっちだ?」

「女のほう」

「野郎は、ずっと草むしりの雑魚だろ」


 そのあざけりは、俺の耳に届かず。


 目の前でダラダラと汗を流し、急に女の匂いがしたイリナを見たまま。


 こいつ、やりやがったな?


 飼い主に気づかれたペットみたいに、顔を逸らしたままのイリナ。


 そちらに文句を言おうと――


「おいおい? レベル10にしてランクDの俺たちが――」

 

 俺の背後で肩に手を置いた男。


 その手をつかみながら、相手の片足を払い、自分の腰を起点して投げた。

 変則的な払い腰だ。


 ズダンと床に叩きつけられた仲間に驚いた男へ、その足を横から一度に払う。


「ぶっ!?」


 2人目も、受け身ができないまま、体を叩きつける。


「てめえ――」


 イキがる3人目に、正面から間合いを詰め、相手の拳を避けつつ上から押さえたまま、手の平で首をつかんだ。


 ギリギリと締まる首に、男の顔が歪んだ。


「て、てめえ……。ランクEなら、レベル5もねえ、雑魚のはずだろ!?」


「俺は今、冷静さを欠こうとしています」


 淡々と、声が出た。


 目が合った男は、急に大人しくなった。


 俺は、話を続ける。


「この女に話をする必要がありまして。邪魔しないでくれると、嬉しいです」


「あ、はい……。すんません」


 投げられた2人は、どうしたものかと、悩んでいるようだ。


 俺は男の首から手を離して、代わりにイリナの首根っこをつかむ。


「い、いやああっ! 許して、ヒト君!」


「ダメだ。お前、どうしてこんな真似をした? 目立つなと言ったよな?」


「だって、もう嫌だったの! 貧乏が憎い!」


 ズルズルと引きずり、冒険者ギルドを後にした。



 ――翌日


「あの……。良かったら、どこかのパーティーを紹介しましょうか?」


「いえ、結構です」


 冒険ギルドのカウンターで、事務員がイリナに何かを言っていた。


 そして、俺の周りには誰も近づかない。


 イリナが目立ったものだから、注目の的だ。


 2人は話し込んでいて、彼女から先に帰っていてのサイン。



 日が暮れた。


 歩いていたら、バラバラと出てくる集団がいた。


 4人か?


 どいつも覆面だ。


 シャッと、すれる音と共に、ロングソードや短剣が抜かれた。


「誰だ、お前ら?」


 無言のまま、ジリジリと迫ってくる暴漢ども。


 そりゃ、自分の正体を話すわけないか。


『あの女から手を引け』


「嫌だ、と言ったら?」


 複数の方向から、一斉に風切り音。


 けれど、俺はそこにいない。


 辺りは暗いが、先ほどまでとは違う。


 真の暗闇だ。


『何だ? うぐっ!?』


 俺が突き刺した奴が、うめいた。


『散れ! 逃げるぞ!』


 判断が遅い。


 もう戦う必要はないので、俺は元の場所へ。


 先ほどの連中はおらず、何事もなかったように夜の町。


「まあ、せいぜい楽しんでくれ……。退屈はしないぜ? 俺もそうだった」


 独白した後で、自宅へ戻る。

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