第3話 集団心理は簡単に誘導できる【イリナside】

「ヒト君がいない……」


 衣川きぬがわイリナは、日常になりかけた景色で、周りを見た。


「あんな奴、もう忘れちまえよ? 俺が――」


 雑音を無視して、見回しながら、思案する。


 すると、クラスを誘導している女、イングリットを見つけた。


 イリナが近づけば、笑顔でこちらを見た。


「何でしょう?」


「ヒト君……西坂くんは?」


「彼はスキルがないことで悩み、あなた方の邪魔とならないために、城下町で冒険者になりました」


 イリナは剣呑な目つきになったまま、尋ねる。


「他にも、姿を見せない生徒がいるけど?」


「そちらは、兵士やメイドなど、下働きの道を選びました! 西坂くんにも選択肢を与えましたが、彼は自分から冒険者に」


 イングリットに嘘を言っている様子はなく、イリナの返事を待っている。


「どうして、下働きになった彼らを見かけないの?」


「下働きは、キツい仕事で……。率直に申し上げれば、客人の前に出ない、洗濯のような汚れ作業をしていますから。衣川さんが希望するのなら、呼びますよ? 遠くの領地へ行った人は、すぐに無理ですが」


 駆け引きをしている雰囲気ではない。


 息を吐いたイリナは、端的に言う。


「分かった……。じゃあ、私も冒険者になる」

「それは無理ですよ?」


 被せるように否定されたことで、イングリットを睨む。


 笑顔のままで、彼女が説明する。


「衣川さんは、あらゆる魔法を使いこなせるウィザードで、将来的には上位職のワイズマンにもなれる逸材! それに、クラスの皆さんは、これから大変です。あなたが抜ければ、犠牲が増えるでしょう」


「どういうこと――」

「みんな、聞いてくれ! イングリットさんも、こっちへ来て欲しい」


 クラスのリーダーである団珂だんか直真なおまの宣言に、サロンでくつろいでいた面々が振り向いた。


「どうしたの?」

「何だよ、――」


 イングリットに釣られる形で、イリナもついていく。


 すると、直真が演説を始める。


「俺たちは、このままでいいのか!? この世界で裕福な暮らしをさせてもらっているのに、力ある者としての義務を果たしていない!」


「……そ、そうだな」

「私も、何かするべきだなとは思っていたけど」


 次々に同意していくクラスメイトに、イリナの顔は引きつった。


 こいつらが召喚したことで、私たちは誘拐されたばかりか、軟禁されているんだけど?


 心の中で突っ込むが、スキルを得たうえ、ストックホルム症候群になっている高校生グループは、流されていく。


 ここで、イングリットが告げる。


「すでに申し上げましたが、私共わたくしどもは多くの脅威に晒されています! 以前に召喚した勇者さまも、志半ばで倒れるか、裏切った者が多く――」

「俺たちは、そんな恩知らずなことはしません!」


「ああ!」

「これだけ世話になったし!」


 全員の代表になったつもりの生徒が、勝手に代弁した。


 どさくさ紛れに、クラス全員が合意したていにするつもりか……。


 イングリットは、直真とその友人を狙い、この数日で手懐けたようだ。


 相手はクラスの陽キャで、声がでかい連中。

 おまけに、壁際に騎士やらが立っているアウェーだ。


 衣食住どころか、命まで握られた状態。


 反論するのは、難しい。


 冷静に分析したイリナは、息を吐いた。



「衣川さん?」


 直真は、1人だけ歩き出した女子に、声をかけた。


 壁際に立っていた兵士の1人が、その前に立ちはだかる。


 立ち止まる、イリナ。


 小走りでやってきた直真が、取り成す。


「ど、どうした!? 今は大事な話を――」

「私には関係ない。やりたければ、勝手にやって」


 冷たく言い捨てたイリナは、周囲に真空の刃らしき現象を起こして、威嚇する。


 思わず、後ずさった直真。


「お、俺たちが生きて帰るためにも、彼らの力が必要なんだ! ここは全員で協力して――」

「勝手にやって、と言ったけど? 全員というのなら、ヒト君がいないのは何で?」


 今にも、目の前に立つ直真を攻撃しそうな雰囲気に、兵士たちはつかに手をかけ、他の生徒たちは動揺する。


「それぐらいにしてくれませんか?」


 女の声と同時に、鎌鼬かまいたちのような現象は収まった。


 驚きの表情を見せるイリナに、笑顔の女が教える。


「召喚したのは、私たちですよ? スキルを制御する術がないとでも?」


 どうやら、イリナに与えたスキルを無効化したらしい。


 その間に抜剣した兵士、騎士が囲むも――


「下がりなさい……」


「「「ハッ!」」」


 さやに納めるか、切っ先を下げた連中が、壁際に戻る。


 場を支配したイングリットは、改めて微笑む。


「城下町で冒険者をしている西坂くんについては、こちらで話をする機会を設けましょう! みなさんも不安がっていますし、直真くんの話を聞いてもらえませんか?」


 話を聞けば、なし崩しで、こいつらの手駒にされるだろう。


 しかし、お前が抜ければ、クラスメイトがどうなっても知りませんよ? という脅しだ。


 スキルを無効化できるのなら、イリナも身の安全を確保できない。


 無言できびすを返したイリナに、イングリットは演説を続けるよう、催促した。



 直真の独壇場となった末に、スキル有りの全員が、王国のために動くと決めた。


 その指揮を執るのは、召喚したとのたまった、イングリット。


 1人だけ輪を乱したイリナは、その中で距離を置かれることに。

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