緋影はりんねちゃんの制服を作りたい。2

「ひ、緋影……何かようがあるなら早めにお願いします」


 愛しの緋影とは一秒でも長くお喋りしたい優々子なのだが、呪いの人形(ドール)りんねちゃんとは一刻も早く離れたい。そんな複雑な表情で扉の隙間からこちらを覗いている優々子に対して緋影は意を決し、優々子に顔を近づけヒソヒソと小声で話し始めた。


「……単刀直入で……ゆゆ姉……制服貸してくれないか?」

「はぇ!? えっ!! 緋影……い、今なんと言いましたか!?」

「制服貸してくれないか?」

「えっと……だ、誰のですか?」

「ゆゆ姉の」


 珍しく顔を真っ赤にして、驚いている様子の優々子に対して、緋影は、ゆゆ姉、熱でもあるのだろうかと超鈍感なことを考えているのであった。この緋影の発言にりんねちゃんは呪いの人形(ドール)から、ヤンデレ人形(ドール)に再びクラスチェンジしており、いつの間にか、顔を真上に向け緋影のことを恐ろしい無表情で凝視していた。


「わ、わかりました……こ、ここではあれなので……い、移動しましょうか」


 優々子が恥じらいの中に喜びを感じているような乙女の顔になり、緋影に小声でそう言うと、緋影は確かに、かなり注目されてるし場所を変えたほうが良さそうだなとスキル鈍感を発動、優々子の乙女心には全く気がついていない様子である。


 一方で、緋影の右前腕に鎮座しているりんねちゃんは、ゴゴゴゴゴゴゴッと地鳴りのような怒りのヤンデレオーラを放出していた。そんな、りんねちゃんを完全にスルーし、緋影はこの場から立ち去ろうとし、優々子もまた緋影の後を追うのであった。


 連れ去られた(ように見えただけ)生徒会長の優々子を呆然と眺めていたクラスメイトたちがハッとなり騒ぎ始めるのであった。


「や、やべぇぞ! 利賀生徒会長が怪異に連れて行かれたぞ!!」

「利賀さん、大丈夫なの!?」

「だ、誰か助けに行ったほうがいいんじゃないか……見捨てたとなると後が怖ぇーんだけど!!」

「ちょっと、そ、そういうのは男子が行きなさいよ!!」

「まてまて、男子とか女子とか今は男女平等だろ!!」

「な、なら、み、みんなで行くか!? こういう時って集団で行動したほうが安全だろ!?」

「で、でもさ……ホラーだとこういうのって、だいたいクラスメイト全滅エンド……とかならない?」

「え!? ちょ、まだ死にたくないんだけど!!」

「お、俺たち……呪われたのか!? 死ぬのかよ!?」

「み、皆……おおお、お、落ち着け……そ、そそそ、そうと決まったわけじゃないだろ!!」

「あんたが落ち着きなさいよ!!」


 教室内はパニック寸前。もはやこの混乱を誰も止められないかと思われたその時。


「どうしたん……だ?」


 五限目の授業を担当した教師の手伝いで教室を離れていた生徒会副会長が戻ってきた。教室内の騒がしい雰囲気を目の当たりにし、何事かと首を傾げる生徒会副会長なのである。


「あ、筋肉副会長」

「そのあだ名はやめろ!!」

「ごめんごめん! 許して、菅沼副会長」

「で、なんの騒ぎなんだ?」


 比較的冷静そうな女子生徒に声をかけ、事態を聞き出した生徒会副会長の菅沼なのだが、話を聞くにつれ、その表情はどんどん険しくなっていく。


「な、なに!? 利賀生徒会長が人形緋影に連れて行かれた……だと!?」


 菅沼副会長の驚きの声が響いたその時、一人の男子生徒が腕を組み、何やら考え込み始めた。そして数秒後、ハッとした顔で言い放つ。


「あれ……確か、利賀生徒会長の噂の彼氏って……名前が人形緋影じゃなかった?」

「あー、そういえばそんな名前だったかも」

「って、ことは……あの呪いの人形(ドール)の持ち主が利賀生徒会長の彼氏なのか!?」

「マジで!?」

「あ、あくまで噂だからね!」

「じゃあ……心配ないんじゃね?」

「い、いや……むしろヤバいだろ……あの利賀生徒会長がやっぱり黒幕ってことにならね?」


 ホッと一安心と思いきや、またしても雲行きが怪しくなり、シーンと静まり返る教室。


「…………………………ねぇ!! どどどど、どうすんの!?」

「やべぇ……つ、つまり、あの利賀生徒会長が……怪異を招き入れて、呪いをこの学校にバラ撒こうとしてるってことか!?」

「……つ、ついに粛清のときが!! 利賀生徒会長に逆らう愚か者が粛清される、その時が……キターーー!!!」

「ま、マジかよ!!! やべぇよ!!」


 教室内が再びパニックに陥りかけたその時、一人の女子生徒が何かに気づいたように声を上げた。


「ちょ、ちょっと待って……私は利賀生徒会長の下僕だから……全然心配ないわ!」

「……お、俺もそうだ!!」

「……わ、私も!!」

「よく考えたらみんなそうだ!!」

「……なんだ、じゃあ心配いらないな」


 一瞬でパニックが収まり、クラス内には妙な安心感が漂う。しかしその中で、菅沼副会長だけは震えていた。


「お、お、お……お……」

「菅沼副会長どうしたん? 菅沼副会長も副会長で利賀生徒会長の一番の奴隷だし大丈夫っしょ!!」


 この女子生徒の軽口発言で今まで黙って聞いていた菅沼副会長の怒りが爆発した。


「お前たち!! あの心優しき利賀生徒会長がそんなことをする人間だと思っているのか!!」

「うん」「おお」「ああ」「ええ」


 一斉に即答するクラスメイトたち。菅沼は目を見開き、驚愕とともにある結論に至る。


「く、くそ……! こいつら……き、記憶が操作されているのか!? こ、これが呪いの力……なのか!?」


 菅沼副会長はそう思い込む。そしてすべてが、呪いの人形(ドール)とその持ち主である緋影のせいだという結論に達するのであった。


「おのれ、人形緋影!! 純粋無垢で可憐な生徒会長をやはり誑かしているのではないか!! 許せん!! すぐに助けに行かねば!!!」


 菅沼副会長はそう叫ぶと、教室隅の掃除道具入れからモップと箒を取り出し、武器として装備し始めた。そんな彼にクラスメイトたちは一様に疑問の表情を浮かべていた。


「…………純粋無垢?」

「……可憐?」

「ま、まぁ……利賀生徒会長の本性を知らないのって二年では菅沼副会長くらいだよね」

「いや、学校中でも菅沼くらいじゃね……一年生の男子とかも、利賀生徒会長に告白なんてするバカ少なくなってるらしいぞ……まぁ、同中の奴が注意し回ってるっぽいけどさ!」

「……恋は盲目ってやつなのかな」

「菅沼……早く告白して撃沈して……新しい恋を見つけたほうが良い思うんだけどな」

「「「「それな」」」」


 好き勝手なことを言うクラスメイトたちに、菅沼副会長の怒りが頂点に達し、ワナワナと震え始める。


「お、お前ら!! く、クソッ!! 完全に脳を呪われ……洗脳されている……のかッ!? 許さん……許さんぞ!! 人形緋影!!」


 クラスメイト一同の冷めた視線が、怒りと闘争心で燃え上がっている菅沼副会長に向けられる。


「よし、誰か!! 私に着いてくるものはいるか!! 今すぐ利賀生徒会長をお助けに行くぞ!!」


 二刀流の剣士参上とばかりにモップと箒を構え、自慢のメガネを光らせそう宣言する菅沼副会長に対して、クラスメイトたちは完全に通常ムードを取り戻し、ひらひらと手を振り始める。


「いってらー!!」

「利賀生徒会長が呪いの人形(ドール)持ち込んだなら大丈夫っしょ!! 利賀生徒会長に逆らった愚か者が呪われるだけじゃん!」

「そうそう!! 俺等は大丈夫だよな!!」

「大丈夫大丈夫!!」

「というか……余計なことし方が後が怖いしな!!」

「「「「それな」」」」


 あっけらかんとした反応に、菅沼副会長は一瞬呆然とするが、すぐに怒りを爆発させた。


「く、クソッッ!! 私一人でも必ず助け出してみせる!! うぉぉぉぉぉッッッ!!!」


 気合いの雄叫びとともに、菅沼副会長は全力疾走で教室を飛び出していった。その背中を見送りながらクラスメイトたちは一斉に合掌するのであった。菅沼副会長が見事立てた死亡フラグに対して。

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