りんねちゃんVSとある高校の教師達1

 とある高校の一年一組の担任を務める男性教諭は、人生これまでことながれ主義で適当に生きてきたのだが見た目だけは恰幅が良くいかつい顔立ちで、見た目だけは威厳があるように見えてしまう。そんな男性教諭が気だるそうにしてホームルームを始めるために自身の受け持つクラスの教室の扉を開け、すぐに閉めるのだった。


 気だるく眠気を伴っていた脳細胞が一気に覚醒し、男性教師は恐怖心で冷や汗ダラダラになりながら、慌てて教室のプレートをバッと目を見開きながら見上げ確認すると一年一組とバッチリと記載されていた。


 深呼吸し心を落ち着かせ、彼はもう一度、教室の扉を恐る恐る開け、わずかに開いた隙間から戦慄教室と化しホラーの世界になっている教室を覗き見ると恐怖で慄きゆっくり静かに扉を閉める。そして、教室の扉を背にして張り付きガタガタと震えだす男性教諭なのである。


(ななななな、なんなんだ!? ど、どうなってるんだ!? なんでいきなり教室が異界になっているんだ!? こ、これは……な、なんだ!? 幻か!?)


 恐怖でパニックになり、いかつい顔を恐怖に歪ませ教室の扉に張り付きながらガタガタと震えている男性教諭、そんな彼の目の前を通り過ぎ自身の受け持つクラスに向かおうと凛々しく歩みを進めていた女性教諭が不審な顔で男性教諭を一瞥し声をかける。


「篠山先生? 何をなさっていらっしゃるのですか? 早く教室に入ってホームルームを始めてはいかがですか?」


 三十歳という節目で今期から学年主任になったイギリス最高級のブランドのお高いスーツをバッチリと着こなす優秀な女性教諭に鋭い目つきとともに厳しい口調でそう言われ、たじろぐ、一年一組担任の篠山先生なのである。


「い、いや、な、なんと言うか…………きょ、教室が突如として……異界になって……」

「何を馬鹿なことを仰っているのですか!!! 相も変わらずサボる言い訳ですか!!! いいから、早く教室に入ってホームルームを始めてください!!!!!」


 自身より数才は若く優秀な後輩だった女性教諭に怒鳴られ慌てて教室内に入った一年一組の担任の篠山先生は前門の虎後門の狼状態になった。教室内に飛び込むと一斉に恐怖で震えおとなしく着席していた生徒達からの救援要請の視線を向けられる篠山先生は、喉を鳴らし、勇気を振り絞りなんとか教壇に向かって歩を進める。


 その最中、彼は気がついてしまった――――――教室内に異形のモノが混じっていることに。見たこともない男子生徒が窓際の一番後ろの席に座っており、その机の上には不気味な人形(ドール)が鎮座していた。


(だ、誰だ…………あ、あの生徒!? ま、まままま、まさかお化けか!? な、なんで教室に真っ昼間からお化けが居るんだ!?)


 最近欠席が続いていた生徒の席に、なぜかお化けが座っていると恐怖で慄く篠山先生は、人形 緋影(ヒトカタ ヒカゲ)の容姿など記憶の片隅にも残っていなかったのである。


 クラス名簿には勿論、人形緋影という生徒の名は記されており、どうせ彼は五月病で欠席しているのであろうと篠山先生は勝手に考え、毎年このまま出席せずに退学していく生徒がいるため、この生徒もどうせそうなるだろうと漠然と思っていた。


(ま、待て…………たた、確か、あの席は………………えっと…………に、人形と書いてヒトカタと読む生徒の席…………ま、まさに字の如くニンギョウが机の上に鎮座しているんだが!? こ、この生徒がもしかしてヒトカタ ヒカゲなのかっ!?)


 冷静を装いながら、怪異の男子生徒から視線を逸らし歩を進める篠山先生に対して、他の生徒たちからの救援の視線がずっと篠山先生を追っていた。その視線を見ないふりをしながら篠山先生が教壇に立ち生徒達を見渡す。


 かつて教師人生の中でもここまで静まり返る生徒達から一斉に視線を向けられたことがあっただろうか。否、絶対にないと篠山先生は冷や汗ダラダラになりながら、とりあえずとばかりに出席確認を取り始めた。


 生徒達は、篠山先生に名前を呼ばれると震えた声で返事を返すのである。その声には先生どうにかしてという助けを求める返事にも聞こえるが、ことなかれ主義の篠山先生は絶対に異形のモノと会話する気はなかったのである。


 だが、ついに上から順番に読み上げていった生徒名簿の名前の欄には人形 緋影(ヒトカタ ヒカゲ)と記載されていた。今までなんとか順番に読み上げていった篠山先生の声が途切れる。教室内に緊張感が――――――篠山先生の額から汗が流れ落ち教卓の上へと落ちる。


「…………………………ひ、ひとかた……」

「……はい」


 震えかすれた声でその名をなんとか読み上げた篠山先生に対して抑揚のない声で返事を返すのは、ペンタブラックの如く黒い髪に鮮血のように真っ赤な瞳が印象的な整った容姿の男子生徒で一度見れば絶対に忘れないような容姿をしていた。


(や、やはり、この生徒がヒトカタ ヒカゲだ!!!!! 全くこんな生徒記憶になかったのだが……な、なぜだ!? こ、こんな不気味な生徒……い、一度見たら忘れないだろ!! こ、これはまさか……き、記憶操作されているのか!?)


 だが、このクラスを受け持ちこの生徒も数週間は登校してただろうが、全く篠山先生の記憶には存在しない男子生徒であった。これは怪異であり、彼は化け物であると確信した篠山先生は恐怖で震え上がる。


 教室内を静寂が支配し、長い沈黙の時が流れる。それは数秒か数分か――――――時間の流れがわからにほどに感覚的には長く感じられ、その静寂に耐えられなくなった生徒達が篠山先生に視線で訴える――――――あの不気味な男子生徒と人形(ドール)をなんとかしてくださいと。


 だが、しかし、なんとも出来ないのが篠山先生と言う教師なのである。いかつい顔とは裏腹に気弱であり、恰幅の良さは怠惰の証。そんな彼に異形のモノと対峙する勇気があるのかといえば勿論――――――無い。


 しかし、教師である以上は最低限の仕事をしなければならないのも事実ではあった。ここで、あの生徒を放置すれば、次の授業を受け持つ先生方に何と言われるか――――――それに、生徒達からも馬鹿にされ、学級崩壊待ったなしである。


 もはや、篠山先生に退路なし、事なかれ主義でやってきたが、それでは通じない時が来た――――――唾を飲み、ぼたぼたと教卓に汗を落とし、篠山先生は人形 緋影(ヒトカタ ヒカゲ)に注意することを決めた。


「………………ひ、ヒトカタ…………そ、その……はぁはぁ…………その…………だな……あッ……はぁはぁ……」


 篠山先生に名字を呼ばれ、無表情な緋影の赤い瞳と呪いの人形(ドール)の赤と深紅のオッドアイが篠山先生に突き刺さる。ちなみに呪いの人形(ドール)りんねちゃんもヒトカタと呼ばれれば反応するのは嫁として当然であり、ふ~ん、こいつがこのクラスの担任なんだくらいの軽い気持ちで眺めていただけなのだが、篠山先生的には呪い殺してきそうな視線に感じられ、呼吸が荒く心拍数が跳ね上がってしまう。


「…………お、おま…………あ…………がッ……おっ……ああああァァァっ」


 だが、教師という職業についてもう結構経つが一度たりと本気で生徒と向き合ったこともなければ、本気で叱りつけたことなどないこと流れ主義の篠山先生がいきなり呪いの人形(ドール)の主人である男子生徒の緋影に注意するなど到底出来るわけもなく、あまりの恐怖と緊張感で白目を向いて立ったまま気を失ってしまう気弱な篠山先生なのであった。


 今回は特に何もしていない呪いの人形(ドール)りんねちゃんもいきなり男性教諭が気絶し驚いている――――――ように見えなくもない無表情ドールフェイスでジッと篠山先生のことを眺めており、それを目撃した生徒達が、あの呪いの人形(ドール)の仕業だと恐怖で怯え、慌てて一斉に立ち上がり、そのままゆっくりと教壇の上に倒れてしまった篠山先生のもとに駆け寄っていく。


「せせせ、先生ッ!?」

「せ、先生が倒れた!!!」

「お、オレが先生を保健室にッ!!!!」

「い、いえ、私がッ!!!!!」

「ここここ、ここは保険委員に任せてッ!!!!!」

「いや、力があるこの俺が!!!!!!!」

「ず、ずるい!! わ,私だってッ!!!!!」

「どけぇッ!! テメェらッ!! この俺様達が直々に運んでやっからよッ!!!!!」

「こ、こんなときだけ良い子ぶらないでよッ!!!!!!」


 倒れた担任の篠山先生に一斉に群がるクラスメイト達は、早くこの場から逃げ出すための口実が欲しく激しく口論を繰り返し、醜い争いが起こった。そんな光景を、なんて教師思いのクラスメイト達なんだろうなと頬杖をつきながら遠目で眺め無表情で感心する緋影と、キャッキャと阿鼻叫喚のクラスメイト達の醜く争う姿を楽しそうに眺める無表情人形(ドール)りんねちゃんなのであった。

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