りんねちゃんVSとある高校の教師達2

 一年一組の担任を務める篠山先生が朝のホームルーム中に倒れたという話は、すぐに職員室にも伝わていった。一年一組の生徒達が一致団結し、みんなで保健室まで担任である篠山先生を運んだそうで一年一組の一限目の授業、世界史を担当する定年間近という年齢の中肉中背の白髪が目立つ男性教諭はいたく感動したようであった。


 ただ、三年のクラス担任を任され風紀委員の顧問も務めるいつも元気で、昔にはよく見かけた昭和教師といった格好をしている体育教師だけが、ホームルームを終え職員室に戻ってきて、その話を聞いたときに顔を青ざめていたことに少し疑問に感じた世界史担当の男性教諭だった。


 とりあえず、授業前に保健室へと顔を出し、一年一組の生徒達を連れて教室に戻って授業を始めようと軽い気持ちで生徒達に配るプリントを手に持ち保健室へと向かったのだが、今まで見たことがないほどに人で溢れている保健室に驚きを隠せない世界史担当の男性教諭なのである。


「一年一組の生徒達が意味不明なことを言っていてぇ……手に負えないのですよぉ」


 ここは祭りの会場かと言うほどに人口密度が増している保険室内でアラフォーとは思えないほど若々しくセクシーな保険の先生と対面し、そう言われた世界史担当の男性教諭も、一年一組の生徒達が、自分も気分が悪い、俺の右手が疼いて、私は頭痛で頭が痛い等々、それぞれが様々な理由をつけ体調不良を訴えているこの光景に驚嘆していた。


 頭を抱えながら、セクシーボイスで吐息混じりに事の経緯をかいつまんで話してくれる保険の女性教諭の妖艶な仕草に、ドギマギしてしまう世界史担当教諭なのである。定年間近という年齢になってもスケベ心は消えないようで、語りながら艶かしく組んだ足を組み替える様に喉を鳴らしてしまう世界史担当の男性教諭なのである。


 「………………呪いの……人形(ドール)? な、なんだね? それは……」


 何やら語られた内容に疑問しか感じない世界史担当の男性教諭は、呪いの人形(ドール)を持ち込んだ男子生徒が怖くて一年一組の生徒達が一斉に逃げてきた等と言った話に対して、何を馬鹿なことを言っているのだろうという感想しか出てこないのであった。


「とにかくぅ~、早く生徒達を連れて行ってもらえませんかぁ」


 おもむろに魅惑のたわわで出来た谷間を見せつけ上目遣いで色仕掛けを仕掛けるセクシーな保険の先生に対して、世界史担当の男性教諭は童心に返ったが如く男を魅せようと年甲斐もなく張り切り始めるのだった。令和である現代では、教師は生徒を叱るのも命がけ、歳を重ね定年間近であり、担任すら任せられなくなったロートル教師である自分は、後数年何事もなくやり過ごそうと怠惰に勤務していた。


 だが、しかし、ここで昔の熱かった頃の教師魂を思い出し、生徒達に威厳を示す時が来たのだと内心で張り切ってしまったしょうもない世界史担当の男性教諭なのであった。


「ゴラァッ!!!!!! 何を寝ぼけた事を言っとるんだぁッ!!!!!! 早く教室に戻って授業を始めるぞぉぉぉっっっ!!!!」


 数週間の授業ですでに舐めてかかっていた世界史の男性教諭に耳鳴りがするほどの大声で叱られ、呆気に取られる一年一組の生徒達なのである。有無を言わさぬ迫力と教師の威厳に一年一組の生徒達は、この世界史の男性教諭に全てを託すことにしたのである。


「そんなけしからん生徒などっ……儂がなんとかしてやろうッ!! たくッ!! 最近の若者は軟弱すぎるっ!!!」

「さすがですぅ~、では、お願いしますねぇ」


 よいしょよいしょと軽く持ち上げられたことにも気がつかず、いい気分になり、気持ちが大きくなった世界史担当の男性教諭が一年一組の生徒達を引き連れ、保健室を後にした。


 その後、保険のセクシー先生はこれでやっと静かになりサボれると、机に突っ伏し静かに寝息を漏らし始めるのであった。






 一年一組の教室前にたどり着いた世界史担当の男性教諭と一年一組の生徒達は廊下からでもわかるほどの異常な雰囲気に恐怖し、飲まれ、ただその場に立ち尽くしていた。


 久々に大声を出し教師らしく生徒達を叱ったことを激しく後悔し、先程までの強く誇らしい気持ちが一気に失われ、後悔の念に駆られるも後の祭りであった。もはや、生徒達に先生として、教師としての威厳を示してしまったのだ。


 もはや、彼には教室に入って授業をするという選択肢しか残されてはいないのである。


「ほ、ほらっ!! みなっ!! 教室に入って席につきなさいっ!!! じゅ、授業を始めるからなっ!!!!!!」


 しかし、先陣を切ってあの教室に入っていく勇気など、定年間近な年齢となった世界史担当の男性教諭にあるはずもなく、大声で叱りつけ、生徒達を教室へ追い立てようとするも、背後に待機していた一年一組の生徒達からは白い目で見られた後に一致団結と背中をグイグイ押される。


「せ、先生から入ってください!!」

「そ、そうですよ!! 先生、ほら、あの人形(ドール)ですよ……な、なんとかしてください!!!!」

「おいッ!! じじいッ!! 早くヒトカタの野郎をなんとかしろってッ!!!!!」


 そう生徒達に言われ、背中をグイグイと押されてズルズルと教室の入口までたどり着いてしまった世界史担当の男性教諭は、異様な雰囲気が漂う教室内に視線を向けると、一人教室に取り残されボーっと机の上に鎮座させている不気味な雰囲気の人形(ドール)と無表情で見つめ合っている男子生徒が目に映り心の底から恐怖を感じた。


 この六十年以上生きてきた人生の中でここまで恐怖を感じたことなどあっただろうか――――――いや、無いと世界史担当の男性教諭は断言できた。


 その時、不意に、あの職員室での体育教師の真っ青な顔を思い出した。そして察した――――――あの体育教師は知っていたのだと――――――あの怪異が学校に侵入したことを、なぜ、あの時感じた違和感に対して、もっと深く考え疑問に思わなかったのかと後悔するも、早くなんとかしてと一年一組の生徒達から急かされ背を押される世界史担当の男性教諭は、なんとしても教室内にだけは入るものかと出入り口で踏ん張った。

 

「……お、お前たちッ!!!! いい加減にしないかッッッ!!! いっ、いいからッ!! 早く席につきなさぁぁぁぁッいッ!!!!」


 そして、脳内血管がブチ切れんばかりにそう大声を上げ、生徒達を叱りつけると同時に、人形(ドール)をなんとかしてやる発言は無かったものと誤魔化し、一年一組の生徒達を無理やり怒鳴り声だけで教室内に押し込め、自分達の席へと無理矢理に着席させた。


 無論、恐怖を誤魔化すための行動であり、僅かな時間稼ぎにしかならない無意味な行いだ。


 彼には、もはや退路はない。無慈悲にも授業開始のベルが学校内に鳴り響き、覚悟を決め自身も重く冷たい空気が漂う教室内へと世界史担当の男性教諭は歩を進めるのだった。


 それからは地獄の五十分であった。ジッと不気味な人形(ドール)の視線をひしひしと背に感じながら黙々と授業を行う。生徒達からの早く、あの男子生徒と呪いの人形(ドール)をなんとかしてという視線も無視し、何事もないように世界史の授業を行った。


 そう、これこそ令和の教師――――――自身に与えられた仕事のみを黙々と熟す。これこそ、令和の働き方であり教師のあり方なのだと自身を納得させ、もう二度と若かりし頃の教師魂など思い出すものかと心のなかで決意した世界史担当の男性教諭なのであった。


 ホラーな雰囲気の教室内で五十分授業を成し遂げ、なんとか生還した世界史担当の男性教諭は一気に白髪が増え、数歳は老け、やつれた顔になっていた。ゆらゆらと生気が感じられない虚ろな瞳で教室内から出て行った世界史担当の男性教諭を一斉に追いかける一年一組の生徒達なのである。


「だ、大丈夫だぁ………………つ、次の授業わぁ……数学だからさぁ…………あの先生ならなんとかしてくれるだろうねぇ…………儂から伝えておくから安心するようにぃ……」


 生徒達からの嘆願に対して虚ろな瞳と虚ろな声で返す世界史の担当の男性教諭に、一年一組の生徒達から確かに学年主任のあの先生ならなんとかしてくれるかもという淡い希望が芽生え始めるのだった。


 そんな生徒達を置き去りにゆらゆらと年老いた足取りで職員室へと向かっていく世界史担当の男性教諭なのであった。

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