小説版・埋蔵少女アツミちゃん ~1万年の眠りから覚めた人造女神はどうして小学生の姿でいるのか~ 2.続きのコンティニュー

にへいじゅんいち

第一章 脱走のエスケープ-1

「いい加減に、してよねーっ!」


 時に、二〇一X年。

 東京都某所、私立亜那鳴アナナキ小学校。四時限目の授業が終わり給食の時間を迎えた校庭に、少女の叫び声が響いた。

 一面、土色のラバーに覆われた校庭にいるのは少女ひとりだけ。まだ新しい濃紺の制服は土埃にまみれて全体に白っぽい。それを気にするそぶりも見せず、少女は地を蹴って跳びあがった。

 少女に対峙しているのは、黒光りする金属で作られた巨大な機械。その高さは四階建ての校舎に届かんとし、パイプやケーブルの類がむき出しになった外観は「腕」や「脚」を備えていて「人型」のようではある。だが、腕は長く、背は曲がり、シルエットはヒトよりも怪物、あるいは妖怪のたぐいを想起させる。

 《なにをぉーッ!》

 機械の頭頂部に取り付けられたスピーカーから響いた女性の声とともに、人型機械が右の「腕」を振り上げる。重量物が動く衝撃と、瞬間的な突風が少女に襲い掛かった。

「よっ」

 だが、まるで重力から解き放たれたかのように、少女の身体は宙を舞い、人型機械の「腕」をかわす。そのまま後方に一回転し、力を込めて右足を突き出す。

 様々な物理法則にしたがうならば、空中で自在に軌道を変え、かつ進行方向と逆方向に回転するなどあり得た話ではない。だが、いま少女はワイヤーで吊られているか、あるいはCGで描かれているかのような動きを見せている。リアリティも何もあったものではないが、そういう動きをしているのだから、仕方がない。

「天堂キーック!」

 声とともに加速した少女のパンプスが、人型機械の装甲板に突き刺さった。二〇センチ足らずの一点に計り知れぬパワーが集中し、腹をえぐるような重い音が周囲に広がる。

 《ぐはぁーッ!》

 衝撃を受け止めきれなかった装甲が砕け、細かい破片になって飛び散る。さらに人型機械の「脚」が、自らを支えきれずに折れ曲がり、七トンにおよぶ重量物が校庭に崩れ落ちた。小学校の校舎が鈍く揺れ動く。

「あのさぁ! わたし! まだ給食たべてないんだからね!」

 少女は、スカートをひるがえしながら校庭に着地する。ラバーの舗装と靴底が激しく摩擦し、白煙が上がる。

 《知ったことか!》

 少女の見上げる先で、人型機械が再び立ち上がる。関節部を中心に、全身から細かい火花が散っていて、「腕」や「脚」の動きは明らかに鈍くなっている。

 少女は腰を落としてダッシュの体勢を取った。一気に距離を詰めて接近戦に持ち込もうという意図が見て取れる。だが同時に、人型機械の「肩」に備えられたシャッターが開き、二門の機関砲がせり出した。

 《倒れろォーーッ!》

 間髪をおかず砲門が火を吹き、一秒足らずの間に放たれた、数十発の弾丸が少女を襲う。少女は避けるそぶりを見せず、その場に立ち上って、両腕を大きく開く。

「ふんっ!」

 瞬間、光のかたまりが少女を覆う。と同時に、光のカーテンが少女の背後に広がり、その奥にある校舎を守るかのようにそびえ立つ。弾丸は、光に触れたとたん急速に勢いを失い、その場で次々に地面に落下する。重い金属音が幾重にもかさなって響く。

「本当! いい加減に、してよね!」

 少女が、左手を胸の前に差し出し、片合掌のように手のひらを立てる。少女が目を閉じると、左の手首にはめられた黒い腕輪が青白い光を帯び、同時に手のひらから光の棒が現れた。少女はそれを右手でつかみ、一気に引き抜く。光の棒は少女の背丈ほどの長さに伸び、あたかも一振りの剣のように輝いている。

「このおーっ!」

 少女は短い助走から、再び人型機械に向けて跳びあがる。そして光の棒を両手で持ち、大きく振り上げた。

「やあーっ!」

 《させるかっ!》

 人型機械の両腕が、少女を挟み込もうと素早く展開する。だが次の瞬間、振り下ろされた光の柱が、「肘」にあたる関節部分から先を斬り落としていた。少女の勢いは衰えることなく、頭頂部に向けて突っ込んでいく。

「ここからいなくなれ! アツミ、突きぃ!」

 自らの名を叫びながら、少女……天堂アツミは光の柱を人型機械に突き刺した。

 《ぬああああっ!》

 女性の叫びに呼応するように、人型機械の背面装甲が強制排除され、同時に操縦席のシートごと操縦者がはじき出された。迷彩模様の耐火スーツとヘルメットに身を包んだ操縦者は、校庭をボールのように転がっていく。

 《わたしの……フンババ4号マーク6が! 覚えてなさい! 天堂アツミ!》

 負け惜しみの声をかき消して、《フンババ》、と称された人型機械は爆発した。衝撃と爆風はアツミによって封じ込められ、垂直方向に火柱が立ち、黒煙が吹きあがった。

「ふぅ……」

 アツミは手で額をぬぐう。《フンババ》と、機体を包んでいた炎は握りつぶされるように急速に圧縮され、消し炭の塊のようになって校庭の真ん中に転がった。

「よし! じゃあ給食を……」

「天堂!」

 校舎に向かって走り出そうとしたアツミの目の前に、男が一人たちふさがる。眼鏡の奥にある瞳は震え、それ以上に全身をわなわなと震わせている。

「あ、シンイチ! もう終わっちゃったよ」

「学校では先生と呼べ!」

 天堂シンイチが、語気荒く言う。着慣れていないグレーのスーツに身を包み、おろしたばかりの革靴を履いている姿は、大学を出たばかりの新任教師にしか見えない。

「そうだった。あ、先生! もう終わっちゃったよ」

「そうか、ご苦労って、そうじゃなくて!」

「え?」

「《ウトゥ》の連中の相手は僕ら《イナンナ》がやるから、アツミ……いや天堂は出ていくなって言ったばっかりだろ? どうしてわざわざこんなことをするんだ?」

「だって、あの人たち、私を狙ってるんでしょ? だったら自分で相手しないと。《イナンナ》の人たちの方が危ないじゃん」

「まあ、そうだが……」

 アツミがどうだ、とばかりに胸を張る。

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