第207話 寂しい話は終わらない。

何度も、彼に言った。自分の本音を。


 寂しい話だ。


彼は、その言葉をゴミを扱うように唾棄した。

くだらん郷愁論に過ぎぬと。

兎を追っかけたり小鮒を釣ったりするような、

そんな牧歌は彼には通用しなかった。

童謡など、彼にはただの子どもだましだった。

なるほど、保育のベテラン保母などが通用したわけもない。


我ながら、頓珍漢なことを言ったものだ。

彼を担当した若い保母らの代わりに、

彼女のようなベテラン保母をあてがおうにも、

それは施設経営上カネがかかる、とも。

それ以前の問題として、

そんな時代遅れのバアサンなど彼には妨害物でしかないことに、

気付きもしなかった。

大先輩で上司であるあの園長さえもぶっ飛ばすくらいの力を、

彼は持ちつつある。

そんな人間に、あのベテラン保母が耐えられただろうか。

そんなことも気付かなかったテメエの浅はかさ。

テメエらの、盆暗加減。

無能の極致か、その水準は。


彼はやはり、そこをぶちのめしに来た。

そして今、自分は彼に総括されている。

あの頃のこと、なかったことにできないものか。

それはもはや、無理な相談である。

岩に刻む彼を阻める者は、もう誰もいない。

少なくとも、かつて自由の森にいた者には。


彼の辞書には、寂しいなどという言葉はないのであろう。

あるはずもないか。

あるとすれば、どのような定義がされているのだろうか。


ことばの産業廃棄物リスト

せめて、そのリスト内にあれば、ささやかな幸せかもしれぬ。

かつて彼に立ちはだかった者としては。

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