第67話 テメエの世の中の狭さ
父親や母親、特に父親を尊敬すると他人に公言する人物は、
世間の狭さをアピールしているだけだという人がいますね。
特にこれ、就職活動などで言われる話でありますけれども、
無論これは、親を尊敬してはいけないという意味じゃない。
ではなぜ、親を尊敬する人物で挙げてはいけないのか?
それは、世の中をしっかり見ていないことと捉えられるからです。
あんた、親以外の人物知らんで親の言うがまま生きてきたのかね?
そういう話になるわけですわ。
でもね、親の代わりに、場所を指してテメエの世の狭さを示した人物もいる。
それは、自由の森の理想泥酔者たる児童指導員。
そっちに出たら、そんなことでは通用しない。
そっちと言って、彼は、自由の森の学区、丘の下を指さした。
それを傍で聞かされた後の作家氏の怒るまいことか。
この人物の世の中って、この学区の中かそこらだけなのだな。
情けない。
当時10代後半の普通科進学校に不合格になった奴にそう思われて、
テメエは悔しくねえのか!
情けない。
そんな人間の述べる 社会=学区 など、誰が住んでやるか。
その少年は怒るのをすでに通り越していた。かの職員が述べた時点で。
彼は、今も怒っている。
大体、クルマのいるような田舎や郊外は、人間の住むところではない!
少なくとも、わしは死んでも住まん!
後に作家となったほどである。
その少年、言うだけのことはあった。いや、あり過ぎたというべきかもしれぬ。
彼は天下の岡山大学に合格後、自由の森のある学区には二度と居住していない。
ま、それが必然だろうな。
ってか?
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