第55話 強制移住の顛末

1981年。昭和56年5月下旬のある土曜日。

自由の森は、それまであった住宅地から郊外の丘の上に移転した。


彼らは、言った。彼女たちも、それに倣った。

子どもたちが自然の中でのびのびと、元気よく遊べる場所を。

それが間違いであるとか、まして詭弁であるとは、あえて言わない。


しかし、年端の行かない子どもにとってあの「事件」は、

自らの意思を無視した、大人の事情を押し付けただけの、

言うならば「強制移住」そのものでなかったとは言えぬ。


そんなことで連れてこられた場所に、愛着など沸くことはない。

ましてそんな地を、心のふるさとなどと述べることもない。

作家氏は、彼らのその移転を、今も批判的に見ている。

その地域なんか死んでも住まないと、彼は言っているとか。

何もそこまでと思わないではないが、それも致し方ないだろう。


仕方なかったと言われてしまえば、そうかもしれない。

しかし彼にとっては、あれは強制移住以外の何物でもなかった。

いかに詭弁を弄そうと、あれこそは強制移住の典型である、と。


覆水は、盆に返ることなど決してないのである。

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