第38話 再びデートに誘う

 俺が如月きさらぎからの告白を断った次の日からも、如月は今まで通りに接してくれている。本当にありがたい。


 告白を断る方も、こんなにも気を使うものだとは思わなかった。振られた直後の如月に対して、『俺は断られることなら百戦錬磨(笑)』とか言って、茶化した自分を小一時間ほど問い詰めてやりたい。


 さあ、こうなったからには俺も本気にならないと、如月に顔向けできない。


 日向ひなたさんに告白したいが、もしかしたらすでに一回失敗しているのかもしれない。花火大会の日、雰囲気に任せて俺は日向さんに告白しようとした。

 だけど日向さんの「帰りましょうか!」という言葉に遮られて、タイミングを失ってしまったのだ。


 あの時はまだ日向さんの中では、俺が好きというわけではなかったのだろう。だから止められた。

 それなら今はどうか? 夏祭り以来、日向さんと二人で会っていない。今のままでは失敗する可能性は高い。もう一度デートに誘おう。


 俺と如月が話していると、日向さんが出社したのでお互いにあいさつを交わした。

 いつものように俺の左隣に如月、右隣に日向さんという位置関係だ。


「先輩が私より早く来てるなんて、どうしたんですか?」


 いかん、日向さんの中で俺は『いつも時間ギリギリに出社する先輩』として、イメージが固まっているのか? 近いうちに告白しようというのに、マイナスイメージは避けたい。

 普段からの良い印象の積み重ねはやっぱり大事なんだな。


「今日は電車が空いていてね。おかげで早く着いたよ」


「電車の混み具合は関係ないですよー」


 あれ? なんだかこの流れに覚えがあるぞ。確か初めて日向さんに、俺が異世界帰りだとバレた日の朝にした会話と似てるな。一ヶ月以上も前の話だ。


「フフッ、先輩、前は電車が混んでるから遅刻しそうになったって言ってましたよね!」


 まったく、一ヶ月以上も前の会話をなんで覚えてるんだ日向さんは。


「そういえば、その日でしたよね。私が先輩のまほ——」


 俺は咄嗟とっさに右を向き、それと同時に左手のひらで日向さんの口元を隠していた。

 日向さんは『魔法』という言葉を口に出そうとしていたのだろう。でも如月は日向さんも異世界帰りだということを知らないのだ。

 だってそれは俺と日向さんの『二人だけの秘密』だから。


 俺は日向さんに小声で語りかける。


「魔法とか言ったらダメだよ。如月は日向さんが異世界帰りだと知らないんだからね」


 俺の言葉を聞いて、日向さんが黙ってコクコクと小さくうなずいた。


「はーいアウトー。セクハラ案件で通報ね」


 如月が平然と言ってのけた。俺はセクハラには人一倍気をつけているんだと、ビシッと言ってやろうとしたが、言えるはずがなかった。


 なぜなら俺は今も、日向さんの口元を手のひらで覆っているからだ。手に柔らかい感触がある。日向さんの唇に触れていた。俺はバッと手を離した。


「日向さんごめん!」


「い、いえ……大丈夫です」


「日向さん大丈夫? 嫌なら嫌とハッキリ言っていいんだからね。私が代わりに断罪してあげようか?」


「そんな重いことを軽く引き受けるなよ」


「アンタはどうしていつも女の子に不用意に触れちゃうの? 海に行った時だって私の——」


 如月はそこまで言って黙った。またかと思ったが、そのままうつむいてしまった。


 おそらく三人で海に行った時に、転びそうになった如月を俺が助けようとして、如月の胸を思い切り掴んだことを思い出しているんだろう。勝手に自分で思い出して恥ずかしがるんじゃないよ、かわいいじゃないか。


 日向さんは日向さんで顔を真っ赤にして少し俯いている。やっぱり日向さんもかわいい。なんなんだこの職場は。最高かよ。


 そしてそのまま始業時間に。なんかもう全てが中途半端でふわふわした状態で会話が終わってしまった。


 俺は今日のうちに日向さんをデートに誘おうと考えていたが、意識してみると意外と職場で雑談できる機会が無いことに気がついた。


 それでもなんとか、今週末に会う約束を取り付けることができた。日向さんは「誘ってくれて嬉しいです! すごく楽しみです!」と、笑顔で返してくれた。本当にどうしてこんなにも素直なんだろう。

 

詳細は帰ってからメッセージをやり取りして決めた。


 いつの間にか俺も、自然に日向さんとのコミュニケーションが取れるようになっていたことに、自分でも驚いていた。


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