第37話 日常に戻れるか

 如月きさらぎに告白された翌日である月曜日。ただでさえ週はじめで足取りが重いというのに、今日は別の理由で重い。


(どんな顔して如月に会えばいいんだ?)


 昨日は帰った後、結瑠璃ゆるりちゃんからメッセージが届いた。その内容は、『お姉ちゃんに怒られちゃいました』という文章と共に、もはや実在するのかも分からない、見たことの無いゆるキャラが泣いているスタンプが添付されているというものだった。


 そのすぐ後に、『でもお姉ちゃんが私のためにありがとねって褒めてくれました!』と、続けてメッセージが届いた。


 おそらくは俺に振られたことは言っていないのだろう。そんなことを結瑠璃ちゃんに言ったら、結瑠璃ちゃんが責任を感じてしまうからだ。


 俺は意を決していつもより早く家を出た。電車で出勤したが、乗ってる間は如月と顔を合わせた時のシミュレーションをしていたため、危うく乗り過ごすところだった。



 かなり早く会社へ到着した。とりあえず気持ちを落ち着かせようと、いつもの席へ。右隣の席は日向ひなたさん、左隣の席は如月だが、日向さんをはじめ、出社している人はまだ少ない。その少ない中に如月がいた。まずは如月にあいさつだ。


「おはよう、如月」


「おはよ」


 如月はこっちを見てくれない。マジか。もしかして、俺も今まで振られた相手にこんな態度をとっていたのか? だとしたら非常に良くない。そんなことを考えていると、如月は普段通りイスに座ったまま、俺の方へ体を向けた。


「結瑠璃からアンタにお礼を言っておいてほしいと頼まれたわよ」


「なんで?」


「『とにかく楽しかったから』だそうよ」


「そうか、それはよかった」


 結瑠璃ちゃんが楽しんでいたのは、遊園地だけじゃないような気もするけど。


「姉の私から見ても結瑠璃は明るくてかわいいから、ライバルがたくさんいると思うけど頑張りなさいよ」


 如月がとんでもないことを口走った。


「まさかとは思うけど、俺が結瑠璃ちゃんを彼女にしようとしているんじゃないかと考えていないか?」


「違うの?」


「違う」


「私はてっきりアンタがロリ——」


「おっと、そこまでだ」


 俺は左手のひらを如月に向け、『それ以上は言うな』と意思表示をした。本当にコイツは何を言っているのか。


「如月は大きな勘違いをしている。大体だな、俺は結瑠璃ちゃんをそういう目で見たことは無いし、俺のストライクゾーンは上下5歳差までだ。それに詳しくはないが、高三はロリじゃない……多分。だってそうだろう? 社会人同士だと7歳差のカップルでも違和感は無いが、同じ歳の差でもどちらかが高校生以下だと、途端に怪しく思われてしまう、これっておかしな構図だと思わないか?

 それに犯罪になるようなことをしない限りは、悪いことじゃないはずだ……多分な」


(何言ってんだ俺? 我ながらなんてキモい長台詞なんだ)


 俺はここでようやく冷静になり、自分を客観視した。出社早々、同僚の女の子に向かって俺のストライクゾーンだとか、ロリだとか、正気とは思えない。


 せめてもの救いは、如月にしか聞こえていないであろう声のボリュームだったことだ。


「プッ……」


 如月の口から息が漏れた。それは昨日、観覧車の中で見た光景とよく似ていた。如月は笑いをこらえながら、俺に向かって言う。


「アンタ何言ってんの!? 本当にからかいがいがあって面白いわね! 大丈夫よ、本気で結瑠璃に気があるだなんて思ってないから。昨日のお返しくらいはさせてもらわないとね」


「くそぅ……、変なことを言わせおって」


「アンタが勝手に言ったんでしょ。それに言ったじゃない、アンタがフリーである限りは私にも可能性があるってね」


 如月は平常運転だった。これも如月なりの気づかいなんだろうか? でもそれを聞くのは間違いだと思った俺は、今日一日くらいはどんな扱いをされても、笑って返そうと決めたのだった。


「おはようございます!」


「日向さん、おはよう」


「おはよ、日向さん」


 日向さんが出社した。もしさっきの如月との会話を聞かれていたらと思うとゾッとする。


 俺は如月の告白を断った。俺には身に余るほどの光栄だ。でも、俺にだって気持ちというものがある。


 俺は日向さんに告白することを決めた。いつまでも何もしないでいると、本当にタイミングを逃してしまいそうだ。


 もしかすると、如月は告白を断らせることによって、俺の背中を押してくれたのか? いくらなんでもそんなワケないか。なんてことを考えたが、一人で考えても絶対に答えは出ないので、考えるのをやめた。


(もしこれで振られたら、めちゃくちゃカッコ悪いな)

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