第39話 正しいテレポートの使い方

 今週末に日向ひなたさんとデートをする約束をした。

 ただ今日は月曜日だ。毎度のことながら、週末の休みまでのモチベーションの維持に苦労する。それでも今週は日向さんとの約束があるため、いつもよりはかどりそうだ。


 モチベーションを仮に折れ線グラフにすると、毎週月曜日を底辺として週末に近づくほど上がっていくが、今週は約束のおかげで月曜日からMAXで、天井を突き破りそうな勢いだ。


 そんな楽しみが待っている時は、普段の振る舞いにも現れるようで、もしかしたら鼻歌混じりで仕事をしていたのかもしれない。

 ただデートの約束をしただけでこうなるなんて、俺チョロすぎ。



 金曜日の午後に人が居ない廊下で、如月きさらぎから呼び止められ、声をかけられた。


「アンタ今週ずっとニヤニヤして気持ち悪かったわよ」


「人を呼び止めておいて言うセリフじゃない」


「何言ってんの。誰かが言ってあげないと私以外からはドン引きされるわよ」


「言うの遅くない?」


「だって楽しそうなアンタを見てると嬉しくなるんだもの」


 俺は不覚にもドキッとしてしまった。


「『私以外からは』ってことは、如月はドン引きしないでいてくれたんだな。ありがとう」


「私はいつでもアンタの味方だからね」


 追撃を受けてしまった。告白をされてから、如月の言動がさらにストレートになった気がする。


 告白されてから相手を意識しはじめることがあるというが、どうやら間違いではないらしい。でもだからといって、『やっぱり如月がいい』とはならない。


 仮に日向さんに振られたとしても、すぐさま如月の方へ、ということはしないように気をつけよう。



 ついに約束の日になった。昼頃に待ち合わせのため、朝はもう少し寝ていられるが、仕事の日よりも早く目覚めてしまった。

『どれだけ楽しみにしてたんだよ俺』と、自分のことながら笑えてくる。


 時間までは特にすることが無いので、いつも通りラノベを読もう。いや、日向さんが書いたWeb小説を読み直して、少しでも話の種がまけるようにしておこう。


 俺がスマホを凝視していると、通知音と共にあのアプリからメッセージが届いた。日向さんからだ。


『ごめんなさい! 朝起きたらなんだか気分が悪くて、頭痛もあって、今のままだと今日は楽しめそうにありません。今日の約束、来週にしてもらえませんか?』


 ドタキャンだった。これはショック。でも体調不良なら仕方がない。午前中に病院へ行くとのことだった。


 心配だが日向さんが一人で大丈夫だと言っている以上は、病院に付き添うわけにもいかない。弱っている姿を見られたくないことだってあるだろう。


 午後になり体調を確認するメッセージを入力している途中で、日向さんからのメッセージが届いた。


『病院に行ってきました。熱中症だそうで、点滴をして帰って来ました。気をつけていたんですけどね。念のため今日は家で安静にしていようと思います。本当にごめんなさい。また来週を楽しみにしていますね!』


 本当に残念に思ってくれているようだ。せめて俺にできることはないかと、聞いてみることにした。


『ご飯とかは大丈夫? 食べられる?』


『今はまだ買い物に行けそうにないです』


『迷惑じゃなければ、今から何か買って持って行こうと思うけど、どうかな? 渡した後はすぐに帰るよ』


 人によっては、このメッセージ自体を迷惑に感じることもあるだろう。でも俺の場合は心配してくれていることが分かって嬉しい。

 如月も言ってたけど、心配を言葉にされると嬉しいものだ。


 俺がそのメッセージを送信すると、少し間が空いてから返信が来た。


『ちょっとだけ甘えちゃおうかな』


 良かった、ちゃんと頼ってもらえた。俺は少しだけ待っててもらえるようにお願いした。


 速攻で家を出た俺は必要そうな物を買い集め、日向さんの家へと向かう。家の場所は如月の歓迎会の帰りに、日向さんの方から教えてくれた。


 それによってできることがある。テレポートだ。俺が行ったことのある場所しか行けないから、日向さんの家までテレポートで行けるということになる。


 それにより大幅な時短になる。それもあるが、俺はなるべく早く日向さんの家に行かなければならない。


 なぜなら日向さんは、俺と日向さんの家が近くにあると思っているからだ。

 日向さんと初めてプライベートで食事をして映画を観た日、俺の家とは逆方向にある日向さんの家まで送るために、わざと逆方向の終電に乗った。


 俺と家が近いということにしないと、日向さんのことだから、気を使わせてしまうと思ったからだ。


 差し入れを持ったまま「テレポート!」とつぶやいた。いつものごとく、ジェットコースターの最高地点から急降下する感覚に陥る。強風が俺を通り過ぎていく。


 日向さんが住んでいるマンションの近くの、人目につかない場所へと一瞬で到着した。


 セキュリティを通常手順で通過し、教えてもらった三階の部屋へ。

 インターホンを押すと、ガチャとドアが開いて日向さんが姿を見せた。


「先輩、『ピキーン!』ってきましたよ。テレポートで来たんですね」


 日向さんは魔法が使われたことを察知できる。それをマンガ風に表現すると『ピキーン !』という感じらしい。


「早い方がいいと思ったからね。とりあえずは大丈夫そうで安心した。これ差し入れだから遠慮なく使って。じゃあ俺は帰るから。お大事に」


「本当にありがとうございました」


 俺が帰ろうとして体の向きを変えると、腹の辺りに妙な負荷がかかっている。Tシャツの裾をつままれていた。如月の仕業かと思ったがそんなはずはなく、日向さんだった。


「先輩、帰らないで」


 

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