第33話 弱点

 如月きさらぎがジェットコースターを心から楽しんでいる様子を見た俺は、異世界でのめちゃくちゃで自分勝手だった如月の印象はすでに無く、どんな時でも周りに流されず、自分に正直で芯が強い女の子なんだと、ようやく気がついたのだった。


「ねえ、もう一回ジェットコースターに乗らない? 今度は結瑠璃ゆるりも一緒に」


「二連発は勘弁してくれ。せめて他のアトラクションを回って、それでも時間があったらにしよう」


「情けないわねー」


「苦手なものは苦手なんだよ」


 俺がそう言うと、如月が近づいて来てそっと耳打ちした。


「テレポートはどうだったのよ? あれも同じような感覚がしたでしょ」


「だからなるべくは使いたくなかったんだ」


「それなのに私の呼び出しに毎回応えてくれてたの?」


「如月に何かあったらいけないからな。苦手だなんて言ってられるか。どんなことだろうと絶対に駆けつけようと思っていたんだよ。まあ、しょうもない用件ばかりだったけどな。全部自分で何とかできただろ」


 俺は照れ隠しのため皮肉を込めた。今までさんざん呼び出されたんだ、これくらいの反撃はさせてくれ。


 俺がそう小声で言うと如月は黙った。急に黙るの止めてくれねえかなと思った直後、耳に吐息がかかった。


「ホントにバカなんだから……」


 如月は俺の耳にそう言い残すと、俺からサッと離れた。

 さっきのはアレか? たき火の音や咀嚼そしゃく音が心地よく聞こえる、ASMRってやつか? 耳が幸せなのか?


「二人でナイショ話ですか?」


 結瑠璃ちゃんが俺達に声をかけてきた。そうだった、三人でいるのに目の前で二人だけでコソコソ話されたら、いい気分はしないだろう。


「結瑠璃ちゃんごめん、一人だけ仲間外れみたいでいい気分はしなかったよね」


「そんなに近づいちゃって……。まるで恋人みたい。もう付き合っちゃいましょう!」


「今すぐ俺の心配を返してもらおうか」


 結瑠璃ちゃんどれだけお姉ちゃんのこと好きなの? でもそれは如月と結瑠璃ちゃんとの信頼関係が、しっかりと築けていることの裏付けでもある。


「さあ、次のアトラクションに行きましょう!」


 社会人の指揮をとる女子高生。何か考えがあってのことだろうと、俺は口出しはしない。


「次はここです!」


 見上げたコンクリートの建物はやけに古びていて、ところどころにコケが張り付いており、ここは本当に遊園地の中なのかと疑いたくなる外観をしている。それもそのはず、ここはお化け屋敷だ。


「なかなかいい雰囲気じゃないか」


 俺はこの手のものには割と強い。お化け屋敷の恐怖を楽しむことができるのだ。ただ心配が一つある。


「へ、へぇー。なかなか面白そうね」


 如月は霊的なものに弱い。異世界でその手のものが出ると分かっているダンジョンには、毎回『欠席』していた。学校じゃないんだから。


 アンデッドやゴーストには光属性魔法が効果的だ。如月はそれらの最上級魔法を使うことができた。如月がいてくれれば探索が格段に楽になったに違いない。


 だけど霊的なものだけはダメだと、その時ばかりは主張していた。本来なら批判で炎上してもおかしくないが、それまでの功績と如月のコミュ力の高さもあって、不満を訴える人はいなかった。


 でもそのせいで、強力な光属性魔法を使える現地人である聖女様が、最前線に駆り出されるという珍事が起こった。

 俺のイメージでは聖女といえば教会みたいな場所で、ずっと祈りを捧げているというものだった。


 俺は「聖女様かわいそうに」と思って護衛していたが、聖女様は意外にもハイテンションで最上級光属性魔法を連発していた。

 どれだけストレスが溜まっていたんだろうと、別の意味で「聖女様かわいそうに」と思ったもんだ。いつしか俺は「いいぞもっとやれ」と応援していた。


「ここは私も一緒に入ります!」


 結瑠璃ちゃんも含めた三人で行列に並ぶ。これ如月が霊的なもの苦手なこと、結瑠璃ちゃん絶対知ってるよな。


 30分ほどしてから俺達の順番になったので、三人で入り口へと進む。位置関係は俺が真ん中で左に如月、右に結瑠璃ちゃん。まさに両手に花だ。


 薄暗く緑っぽい照明の細い通路を進んだその先には、受付があった。受付といってもアトラクションの受付ではない。

 どうやら廃病院をモチーフにしているようで、病院の受付という意味だ。


 その受付台を乗り越えて突如として人影が飛び出して来た。それはゾンビだった。まずはジャブといったところか。


 もちろん多少驚きはする。お化け屋敷じゃなくても、突然人が飛び出して来たら誰だって驚くだろう。


 それと同時に俺の左右で異なる感触が発生した。左側では腹の辺りを少し引っ張られた感覚がある。間違いなく如月が俺のTシャツをつまんでいる。


 右側では腕に何か柔らかい感触がある。見てみると結瑠璃ちゃんが俺と腕をガッチリ組んでいた。当たってるのか当ててるのかどっちなんだ?

 もう分かった。結瑠璃ちゃんの狙いはこれだ。


「結瑠璃ちゃん、ちょっと近くない?」


「私は気にしませんよ? それよりもお姉ちゃんはどうしてますか?」


「俺のTシャツをつまんでいるよ」


「まだ始まったばかりですからね。これから期待していてください!」


「何を?」

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