第34話 来るか? 両腕に柔らかい感触
三人でお化け屋敷に入った。そこは廃病院をモチーフにしており、薄暗く緑っぽい照明の中を左に
その直後、病院の受付からゾンビが飛び出して来るという先制攻撃を受けた。
悲鳴こそ上げた人はいなかったものの、それが合図かのように如月は俺のTシャツの裾をつまみ、結瑠璃ちゃんは俺と腕をガッチリ組んできた。
至近距離のため、俺の右腕に柔らかい感触がある。当たっているのか当てているのかは分からない。
「まだ始まったばかりですからね。これから期待していてください!」
「何を?」
その状態のままで奥へと進んで行く。廃病院という設定だけで恐怖感が増している。
待合室にはいくつものソファがあり、誰かが座っている。追いかけて来たりしないだろうな? もう全てが怪しく見えてしまう。
前方から他のお客さんの「きゃああ」という悲鳴が聞こえる。それですらも仕掛けとして計算しているんじゃないだろうか。
それからも突然物音がしたり、風が吹いてきたり、壁に突然血の手形が現れたりと、規模は小さいながらも恐怖心を煽る演出が続いた。
俺の両腕にはいつの間にか柔らかい感触があった。如月と結瑠璃ちゃんの二人から腕をガッチリと組まれている。もはやくっついていると言っていい。
やっぱり当たってるのか当ててるのかは分からない。やれやれまったく、けしからんフォーメーションだぜ。
「結瑠璃ちゃんは絶対平気だよね?」
「楽しいですよね! それよりもお姉ちゃんはどうしてますか?」
「今の結瑠璃ちゃんと同じような体勢になってるよ」
「ラッキースケベおめでとうございます!」
「ありがとう!」
俺は受け流すことにした。このままではただ女子高生に
だが俺はすぐに考え直した。「ラッキースケベおめでとう」に対して「ありがとう」と返事するって、ただの変態じゃないか。
俺はすぐに「くっつくんじゃない!」と注意した。全然状況は変わらなかったけど。
「如月は大丈夫か?」
「大丈夫よ。作られたものだって分かってるから」
俺にくっついたまま如月は言う。言動と行動の不一致が起きていた。
その後も数々の仕掛けに驚きながら、如月に合わせてゆっくりと進むと、前から人影が近づいて来ている。俺達は立ち止まって対峙するのを待った。
人影が姿を現した。白いワンピース姿に、腰の辺りまである黒い長髪で顔全体を隠している。有名ホラー映画のあのキャラクターのようだ。他にもゾンビと血まみれの患者が徐々に距離を詰めて来ている。
「きゃあああーっ」
如月がかわいい悲鳴を出して後ろへ逃げようとした。しかし後ろからも似たような姿の存在が迫り来る。もうすでに挟まれていた。
「いやぁぁーっ! ホーリーバースト!」
「如月落ち着け! 魔法なんて使えないだろ」
「来ないでよ! ホーリーディメンション!」
「範囲魔法を使うんじゃない!」
ここは異世界じゃないから、当然そんな派手な魔法は使えない。ただ単にゲームファンがわめき散らしているようにしか見えない。
相手はどう見ても演者さんだ。それなら決してお客さんに触れてはこないはず。
「結瑠璃ちゃんもお姉ちゃんを落ち着かせてくれないか」
「『ほーりーばーすと』ってなんですか?」
こんな時だけ至極まともな反応をする結瑠璃ちゃん。ダメだこれ。こうなったら強行手段しかない。今いる場所はわりと広い部屋だから、逃げ道はいくらでもある。
俺は二人の手を引いて、怪異の間をくぐり抜け出口へと走った。
意味不明なことをわめき散らす、やかましい三人組ですみません。
出口を抜けて外に出た俺達は、ようやく緊張から解き放たれた。如月だけはもの凄く息が上がっている。
「ちょっ……なんなのよっ、あれは」
「お姉ちゃん、楽しかったね!」
どう見ても楽しんだようには思えない如月に結瑠璃ちゃんが聞いた。
異世界でキモいグロい魔物と対峙してバトルまでするなんて、相当な精神力がないと無理だから、如月は慣れているものだと思っていた。
異世界で最初に鍛えたことは、魔物の見た目に慣れることと、攻撃することに慣れることだ
った。そりゃそうだ、普通の生活をしていた人間に、そんな耐性があるわけない。
それから休憩を長めにとり、いくつかのアトラクションを楽しんだ。そういえば結瑠璃ちゃんは『予定通り急用ができて帰るつもり』と言っていたな。
俺と如月の二人きりにするつもりなんだろうけど、今のところはそんな
夕暮れになり、次が最後のアトラクションにしようということになった。
「最後は観覧車でゆったり過ごしましょう」
正直かなり疲れたから、最後が観覧車なのはありがたい。
三人で行列に並ぶ。俺達の順番になった時、不意に結瑠璃ちゃんが口を開いた。
「私、ちょっと疲れたから休んでるね。二人で乗ってね」
そう言い残すと結瑠璃ちゃんは列を離れていった。
(本当にそうするのか……)
『予定通り急用ができて帰る』とまではいかなくとも、俺と如月の二人にしようとしていることは明らかだ。
「次の方、二名様ですね。どうぞお入りください」
スタッフに促されたため、迷っている暇は無かった。俺と如月は二人で観覧車に乗ったのだった。
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