第16話 やっぱり三人で

 如月きさらぎ推しのWeb小説の作者が日向ひなたさんだと分かった。

 でも意外なことに日向さんはその事実をあっさり認めたのだ。それどころか俺にずっと言えなくて悩んでいたらしい。


 そしてやっと俺に伝えることができた日向さんは、本当に無邪気に「すっきりしたー!」と言って嬉しそうだったんだ。


 俺も日向さんとの『二人だけの秘密』が増えて、日向さんのことを考える時間が多くなっていることに気が付き始めていた。



 日向さんとの昼休みを終えて自分の席に戻る途中の廊下で、如月に長袖ワイシャツの袖をつままれた。


「やっと捕まえた。アンタ、昨日はどうして速攻で帰ったの? 今朝聞こうと思っても時間ギリギリに出社するし、昼休みは私が外出して会えなかったし」


「如月、男には定時で帰らなければならない時がある」


「はぁ!? また訳のわからないこと言って」


「如月が推していたWeb小説を読もうと思って早く帰っただけだよ」


「そうなの? それでどうだった? 面白かったでしょ」


「確かに面白かった。それもあるけど俺がWeb小説を勧めたことを如月が覚えていてくれたことが嬉しかったんだ。

 そしてちゃんと興味を持ってくれてる。ありがとうな、如月」


「なっ!? またアンタはそういうことを平然と言うんだから!」


 恥ずかしそうに怒る如月。なんて器用な奴なんだ。本当に如月の表情はコロコロ変わるから見ていて飽きない。これも素直と言えなくもないかもしれない。


「せっかくこの前の話の続きをしようと思って呼び止めたのに帰っちゃうんだから」


 この前の話の続きというのは、如月との夕食の時にした話のことだろう。確か異世界の話ばっかりになったんだっけ。

 また俺と出かけたいということなんだろうか? さすがにそれは自惚うぬぼれかな。


 そういえば忘れていたことがあった。


「如月、連絡先を教えてくれ」


「きゅっ、急に何よ」


「あ、悪い。配慮が足りなかった。会社の中じゃない時の方がよかったか」


「いや、ここで大丈夫よ。そっ、それでどこに連れて行ってくれるの?」


「どこにも何も業務連絡用としてだな。同じチームなんだから知らないと不便だろ。ほら、直前でミーティングの時間が変更になったりするし」


 すると如月はスマホを高速で操作して俺に画面を突きつけた。


「ほらっ! これでいいでしょっ! アンタも早く準備しなさいよっ! これで安心してお仕事できるわね! 確かに私が勝手に勘違いしたけど、それならそうと先に言いなさいよね! バッカじゃないの!?」


 これは明らかに怒っている。こんな一面も如月らしさを形作っているんだ。

 でも俺だって女の子の連絡先を聞くなんてことに慣れてないんだよ。


「如月、悪かった。確かに聞き方は良くなかったけど、仕事関係なく如月の連絡先を知りたいというのは本当なんだ」


「……ホントでしょうね?」


「もちろん本当だ」


 これは間違いなく俺の本心だ。俺が如月を嫌いになることは無い。


「……イーツ」


「えっ?」


「スイーツ、食べに行きたい。アンタも甘いもの好きでしょ」


 俺は甘いものに目がない。異世界でも如月に連れられてよくカフェに行っていた。

 でも異世界に召喚されてそんなに時間が経っていなかった頃で知らないことが多かった。


 そのため得体の知れない異世界のパフェを何種類も食べるハメになったのだ。

 美味いことは間違いない。でも何が入っているのか分からない。


 だって見た目はオレンジだけどバナナの味がしたり、見た目は生クリームだけど抹茶みたいな味がしたりで、ずっと味覚が混乱していた。見た目と味が合うって大事!


「スイーツね。了解だ! いつにするかな」


「今日。今日がいい」


「よし! 仕事帰りに行くか!」


 茶色がかったふわふわポニーテールを揺らして「うんうん!」と頷く如月。


 そんなやり取りを廊下でしていると日向さんがやって来た。


「もしかして先輩と如月さん、連絡先の交換をしてるんですか?」


「そうよ。よかったら日向さん、私とも交換してくれないかな?」


「もちろん喜んで!」


 こうして俺と日向さんと如月はそれぞれの連絡先を知ったのだった。


「如月、どうした? 席に戻らないのか」


「やっぱりアンタと日向さんはすでにお互いの連絡先を知ってるのね」


「そりゃそうだろ。日向さんはもう入社3ヶ月なんだし、交換してない方が問題ありだと思うぞ」


「ま、それはそうよね」



 そして仕事が終わって如月とスイーツを食べに行く約束を果たそうとしたら、如月が日向さんにも声をかけていた。


 そして三人でお洒落なカフェへと入り異世界以外の話で楽しんだ。

 それと同時にやっぱり食べ物はこっちこの世界の方が美味いことを改めて実感した。


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