夜空に願う【2】
放課後、リラはいつもとは違う道で帰った。
最近、日も長くなっているし、危険はないだろうと思ったのもあるが、それ以上にこの村を冒険してみたかったからだ。
リラは童謡を小さく口ずさむ。
歌っているうちにだんだんと気分が高まり、首にかけていた笛を口にあて、曲を奏でてみた。
長めの草がゆさゆさと揺れ、僅かに虫の鳴き声が聞こえる。首をかすめる空気が、笛の音色で震えて心地いい。
この時間がずっと続けばいいのに、と願った。
家につくと、リラはため息を吞み込んでドアを開けた。香ばしく焼けた肉のにおいが家の中に満ちていた。
「ただいま」と言うと、
「おかえり、今日はちょっと遅かったのね」と、母親の温い声が返ってきた。
★✩ ✰ ✰
食事を終え、リラは自室に籠もり、窓から外を眺めた。今日は曇り空で、星一つ見えない。こんな日に限って、とリラは思った。
ベッドにあおむけに倒れ込み、両手を、ベッドからはみ出ない程度に広げた。
そして、思い出したように首にさげていた笛を手にとり口にあてる。小さな息で、静かに音を出した。ぴゅー、と心細い音がでる。
楽しさを感じられない。冒険を願ったのに、日々は相変わらずくだらないし退屈だ。
もう、寝よう。
ランプの灯を消してベッドにもぐりこんだ時だった。
――
ヴァイオリンのような、細い糸を弾いたような音だった。
リラは布団から飛び出し、わずかに開いていた窓を大きく押し開けた。
新鮮な夜の空気が部屋に流れ込み、リラは静かに耳を澄ませる。何かが起ころうとしている予感が、彼女の手を、心を期待で震えさせた。
目を瞑って、耳をすますと、ヴァイオリンのような音色の他に、僅かだがコントラバスのような音、シャンシャンという音が聞こえた気がした。
「真夜中の、演奏会?」リラは呟く。
そんなもの、聞いたことがない。それにこんな田舎の村に、ましてや夜中に演奏家たちが来るはずもない。
――では、誰が?
好奇心に駆られたリラは、静かに家を出て音色がする森の奥へと向かった。キツネの耳のついたフードの子供用のパジャマ姿で、母親に気づかれないようにそっと歩く。
リラは罪悪感を隠すように、頭にそのフードをかぶせた。
音色がするのは森の奥からだった。
少し怖さがあったが、好奇心が勝り、どんどんそこへと近づいていく。
しげみをかき分けた時だった。
「わあ」
リラは思わず声をあげ、目を見開いた。大きなブルーの瞳が輝く。
そこには、不思議な光景が広がっていた。
森の中に小さな光が点々と浮かび、まるで星空のようだった。
そして、その光の中で、様々な動物たちが楽器を手にしていた。フクロウが指揮を取り、ウサギがフルートを、クマがシンバルを、ネコがヴァイオリンを奏でていた。不思議なことに、彼らは見事に調和した音楽を奏でていた。
リラは息をのんでその光景を見つめた。彼女は自分が夢を見ているのではないかと思ったが、冷たい夜の空気と、足元に感じるしっとりとした土の感触が、これが現実であることを教えていた。
すると突然、ネコがヴァイオリンの演奏を止めた。
そして灰色の耳をピクピクと動かす。そして、リラの方へ向かってくる。
リラはどうすればいいのか分からず、その場で身を縮めた。そして、ネコと目が合った。
キラリと輝く、エメラルドグリーンの瞳。瞳孔がぴったりとリラを見つめている。
「おい、お前たち。ミリーが来たぞ」
ヴァイオリン弾きのネコは流暢に、そう言った。
「えっ」
と、リラは声を上げる。
動物が喋ったことに対する驚きもあったが、それ以上に、「ミリーが来た」という言葉にも驚いた。自分はリラだ。ミリーじゃない。
戸惑っていると、他の動物たちがのそのそとやってきた。
「本当だわ、ミリー。最近来なかったからもう来ないと思ったじゃないの」
と、ウサギ。
「ミリー、久しぶりだね」
と、クマ。
「まったく、もう。心配したんだぞ」
と、フクロウ。
どうやら、この動物たちはリラのことをミリーだと勘違いしているらしい。
戸惑うリラに気も留めず、ヴァイオリン弾きのネコが、リラに向かって「そういえばミリー、トランペットはどうしたんだよ」と聞く。
「トランペット?」
「そうさ、君の楽器はトランペットじゃないか」
さぞ、当たり前のことのように言う。
「えっと……」
リラは返答に困った。
トランペットなんて触ったこともない。それに、自分はミリーではない。
「あの……」
「あら、ミリー! その、首にかけたものは何かしら?」
ウサギが聞いた。可愛らしいく、はじけるような声だった。
「これのこと?」
リラは首にさげていた笛を取り出す。
「あ、もしかしてオカリナ? あなた、トランペット以外にもオカリナもふけたの?」
興奮気味にウサギが聞いた。
すごい、すごいとクマが言う。
褒められた嬉しさから、リラは一曲だけ披露した。みんなが知っているような童謡だ。
演奏を終えると、ウサギとキツネとクマとフクロウは両手を叩いて称揚した。
「すばらしい! こういうのもなんだが、君にはトランペットは似合っていなかった。こんなすばらしい才があるんだ、君はそれをするといい!」
フクロウが知的な声で言った。
リラは素直に嬉しくなり、お辞儀をする。
「ミリー、君は今日からオカリナを担当してくれ。課題の曲は『月の夜道』」
そうフクロウが言った。
「『月の夜道』……」
「そうさ、人間たちがよく口ずさむ、あれさ」
その曲はリラもよく知っていた。楽譜もある。
「うん、分かった」
「じゃあ、また明日、この時間に会おう」
フクロウがそう言うと、二本足で立っていた動物たちは糸が切れたように四足歩行になり、それぞれ森の奥へ帰って行った。
星空の下の音楽会 綾辻なるか @Ayatuji_Naruka
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