星空の下の音楽会

綾辻なるか

夜空に願う【1】

夜が深まり、村の明かりが一つずつ消えていく中……少女リラはベッドに横たわりながら、窓の外に広がる星空を眺めていた。

彼女の部屋は、村のはずれにある小さな家の2階に位置し、周囲の森の木々が月明かりに輝いているのが見える。

リラは、この星たちが遠く離れた古の世界からのメッセージのように、きらめきながら自分に語り掛けているのだと、想像力を働かせ、胸を躍らせた。


「リラ・レイ! ランプを消して、早く寝なさい」と母親の声が階下から聞こえてきたが、リラはその声を無視して未知の世界に浸っていた。それだけが彼女にとっての至福のときだった。


「お星さま、私に冒険を与えてください」


小さな手を胸の前でくみ、目を瞑って願う。

その時、初夏の爽やかな風が、リラの部屋に吹き込んできた。その風が、少女の金色の髪をふわりと揺らす。

それは夜を守る神からのお返事だと、そう信じたリラは満面の笑みを浮かべた。


「リラ・レイ!」 母親の、更に大きな声には流石のリラも怖くなった。

「はーい」と大きな声で答えると、リラは布団を頭までかぶって目を閉じた。


次の日の朝、リラは「早く起きなさい」という母親の大声で目を覚ました。


昨日の夜空はなんだったんだというような薄暗く曇った天気、湿気の多い空気。それだけでリラは学校を行くのを躊躇った。


「ママ、学校行きたくない」

朝食のパンをかじりながら母親に言う。母親は一度動きを止めて、でも、それが子供が言う我儘だと決めつけたのか、呆れた表情になった。


「だめよ、リラ・レイ。まだソレイユヴィルこの村に来て2週間も経ってないじゃない。早く友達つくらなきゃならないでしょう」


母親は、リラとは全く異なる茶色く長い髪をお団子に結いながら答える。

はなから母親の回答に期待していなかったリラは「そうだね」と言って席を立った。


「ごちそうさま。学校行ってくるよ」


「可愛い私の娘。いってらっしゃい」と母親はリラの額に軽くキスする。リラは「いってきます」と言って家を出た。


学校へは歩いて片道30分もかかる。

憂鬱な沈んだ心を体の奥にしまい、リラは昨日の夜空を思い出す。

あの不思議で美しい光景がまた見えるならどんなにすばらしいことだろうと思いながら、リラはいつものように木製の笛を首からぶら下げ、学校へと向かった。


教室へ着くと、リラは自身の机にリュックを置いた。古臭さの残る木の机に、青く新しいリュックは自分だけ。

なんだか不格好で、それに自分だけが浮いている。


すると背中にコツン、と何かが当たった気がした。振り返ると、一つ机を挟んだところに男子数人が立っていた。

リラを見てニヤニヤとしている。

床に紙を丸めたようなものが落ちているので、こいつらが意図的に投げたのだろう、と推測する。リラが「なによ」と睨むと真ん中にいた赤毛の男子が「うわ、しゃべった!」と騒ぐ。


「おしっこ髪のリラ。おはよう」


「……」


「なんだか臭うぞ。トイレから出てきたのか?」


丸っこい鼻を右手でつまんで左手でリラを指さす。そして大きな笑いが起こり、その男子は満足げに腕を腰に当てる。

リラが無視して筆箱なんかを出していると「なんだよ、面白くねーの」とまた背中に何かを投げられた。

心の憂鬱が、身体の奥から這い上がってくる。


リラはアーデルヴァイスという街からこの村にやってきた。この村にはリラのような金髪はおらず、珍しい。

それにリラの母親はリラとは真逆の茶色く艶々の髪を持っていた。

リラは完全によそ者扱い。クラスでの風当たりも良くなかった。


こういう奴らには好きにさせればいい。諦めの言葉を復唱しながら、リラは席に座って本を開いた。

無論、空についてだ。


それを読んで、自分と他人に壁を作った。

こっちに来るな、喋りかけるな、物を投げるな、笑うな。

背後からのクスクスという笑い声に耐えながら、リラは早く放課後が来ることを願った。

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