いつか鳥になる日まで

 いつか鳥になる日まで、彼は眠りつづける。彼は鳥のことを考えているわけではない。もはや何も考えていない。鳥のように。


 どこまでも高く飛び、青空の中に消失する鳥たち。目的なんて何もない。自分が消えるにまかせ、自分が鳥であることも知らずにいる。


 私は彼の名を呼ぶ。そして、彼を彼のままにとどめておこうとする。しかし彼の息づかいはだんだん静かになり、体が透明になっていく。


 なぜ人間には翼がないのか。そんな使い古された問いは問いとしての機能をなくし、もはや追い詰められた者の叫びに等しい。遠ざかっていくものを引き止められない時、人は叫ぶことでやり過ごすしかない。


 一羽の鳥が飛び立つ。青空に吸い込まれるようにみるみる小さくなっていく。彼はいつの間にか消えていた。彼の名前を呼ぼうとして、彼のことを何も覚えていないことに気づいた。


 こうして何羽の鳥たちを見送ってきたことか。どの鳥も私を振り返ることすらなく、黙って消えていった。私の問いにはどの鳥も答えてくれなかった。


 私は決して鳥になれない。私は鳥を見送るだけの存在。日がな一日青空を見上げ、遠ざかっていく鳥の姿を視力検査のように見極めることが私の役目だ。


 親しい人たちの名前を全て忘れても、私は鳥を見送りつづける。鳥が消える瞬間、体の中で糸が切れるような痛みをいつも感じる。決して慣れることのない痛みだ。


 最後の鳥が消える時、私の心は残っているだろうか。心も一緒に消えてしまえばいいのに。

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