地下ロビー・飛ぶ水槽
『次元の隙間から漏れ出た菌類。キミたちはそれに対処しなければならない』
「ヨウジさんとの合流にキノコ処理…ぶっちゃけ、やること多く無い?」
文句を言うトモに『こちらも、できるだけの補助はしているよ?』と、文字。
『でないと、ソウマのマンションの自動ドアなんて通りすがりに開かないだろう?』
「…あれ、やっぱりアンタの仕業だったのか」
俺は呆れつつも駅のエレベータに乗り込み。ついで、ソウマ医師の腕にいくつかの階数番号が浮かんだので、彼を手伝うかたちで
「――これ、ヨウジさんの記憶で見たものと同じ番号ですね」
最後の階数を押し、思わずつぶやく俺。
同時にゴウンと音がして、透明なエレベータは地下へと降りていく。
「ここは本来。上にしか行けないはずなんだがな」
遠くなっていく地上を見て、ため息をつくソウマ医師。
「そも、ヨウジはこの番号をどうやって知ったんだ?」
その質問に「分かりません」と、俺は素直に答える。
「ただ。女性が亡くなったときに、ソウマさんのいる時間軸に戻るために使っていたことだけは確かです」
「…アイツは、会った時から何かを隠している感じはしていたからな」
エレベータの壁によりかかり、ため息をつくソウマ医師。
「来院時は母親の付き添いだったのに、今は何をしているんだか――」
*
「…すげえや、ここ。プールの下にロビーがある」
――そう言って、足元に目を
ドアが開くと下は水面。
透明な水底にはホテルの受付と思しきものが見えており、足場となるのか底を上に向けたテーブルほどの大きさの水槽がいくつも浮かんでいた。
「ここがホテルならさ、チェックインするときは潜らなきゃいけないのかな?」
面白い光景に
「足場は…やっぱり、この水槽だよな」
そう言って、ソウマ医師がおそるおそる一番近くの水槽に足を置くと、あまり沈むこともなく彼を上に載せる。
「一応、
見上げれば、壁はガラス張り。
そのうち数カ所が通路なのか奥へと続く空間となっていた。
「床からは距離があるけどさ。取りあえず壁際まで行ってみよう…と!」
そう言って、描き終えたトモは助走をつけると少し距離のある水槽へ飛び移る。
すると水槽は一旦沈んだあと、トモを載せた状態で数メートルほどの高さまで浮き上がってしまった。
「うおっ。これ、ヤバい――でも、うまくすれば壁の通路に行けそうだわ!」
こちらに叫ぶトモに「わかった、そっちにいってみる」と俺も答え、恐々ながらも勢いをつけると近場の水槽へ飛び移る。
途端にぐいと体が持ち上がり…
あっという間に、俺はトモと同じ高さまで水槽ごと浮き上がっていた。
「どうも、この場所は反発する力がおかしいようだ」
同じようにジャンプしたのか、俺の隣に来たソウマ医師。
「腕にも同じようなことが書いてあるな――もしかして、誰も読んでいなかった?」
困惑しながら腕を見せるソウマ医師に「いや、ゲームとかの説明書は読まない方が面白いし」と言うなり、俺の水槽へと飛び移るトモ。
「ちょっと待て!狭くなるだろ?」
慌てる俺に「大丈夫、三人ほどは余裕があるし」と両手で器用にバランスをとる。
その際、彼女の乗っていた水槽が落下し、水面に着水する。
水槽は水面に沈み込むとさらにその先…ロビーの見える、水底へと落ちていった。
「ありゃ、反動で底に行っちゃうんだ」
水槽を見送りながら、驚きの声を上げるトモ。
――ついで、水槽がロビーの赤い
水槽が割れ、内側からシャンデリアが飛び出してくる。
落下したかのように床でバラバラになるシャンデリア。
あいだからは血のように赤黒い色が吹き出し、水面を
「待て、何を
とっさに声をあげるソウマ医師の言葉に、俺とトモはハッと顔を見合わせる。
――途端に壁のガラスが一斉に砕け、周囲から悲鳴が
「え、え?これ、何かのスイッチなの!?」
慌てるトモに赤黒く濁った水面を覆うよう、巨大な
回転を始めるファン。
それは
「細切れになっちゃう!」
叫ぶトモに、水槽を蹴ってこちらにやってくるソウマ医師。
「反発する力で近くの入り口に飛び込む。バラバラにならないよう手を取り合え!」
とっさに俺はトモの腕をつかみ、反対の手で飛び乗ったソウマ医師の手を取る。
彼の足が着地すると三人分の体重で水槽は沈み。
――飛び乗った方角から、倍の高さで反対側へと飛んでいく。
「…だめ、あとちょっとの距離なのに!」
あと、数十センチと言うところで失速していく水槽。
その瞬間、ギャンッという衝撃と派手な音と共に水槽がほんの少し浮く。
「僕の落とした水槽がファンに弾かれたのか!」
ソウマ医師の視線の先には先ほどこちらにぶつかり、再び落ちる水槽。
「これなら、届く!」
俺たちは、手を繋いだ状態で足元の水槽を蹴り…
ぎりぎり通路に体を滑り込ませる。
「うおお!セーフ」
倒れた状態で
そこにファンが轟音を立てながら通路の外側を通過するのが見え…
同時に俺たちは、何も見えなくなってしまった――
*
「…ペンライトを持っていて、良かったよ」
周囲が明るくなると、そこにはハンディタイプのライトを持ったソウマ医師。
――見渡せば、そこはホテルの廊下。
開けっぱなしのドア。
装飾がプリントされた壁紙はボロ切れのように
「げえ、お化け屋敷みたい」
付属のライトで照らそうとしたものか、自身のスマホを取り出すトモであったが、その画面はいつか見た砂嵐となっていた。
「ダメじゃん。あの駅中みたいになってる」
ガッカリするトモだったが、俺やソウマ医師の顔を見るなり「あ、ごめんなさい」とバツが悪そうに頭を下げる。
「
「…しょうがないさ」と肩をすくめるソウマ医師。
「僕らだって予想がつかなかった。腕に注意が表示されてもなかなか目がいかないものだろうし…まあ、この先はなるべく指示に従うよう慎重に行動しよう」
「あいあいさー」
手をあげるトモに、俺も念のためと自分の腕を見る。
『手をかざせ、ヨウジから聞いたことを忘れたか?』
「…忘れてました」
「え、ムーさん。なになに?」
俺の様子に気づいたのか、横合いから腕を見るトモ。
「…ヨウジさんから、何か聞いていたっけ?」
首を傾げるトモに「シアターのトイレのことだろ」と、俺はため息をつく。
「次元の移動ポイントを探る時には、手をかざして熱いと感じる方向に行く。床板を剥がしたりもして、俺たちの本体がいる次元まで行ったじゃないか」
「…ああ。あのボールみたいな子供の群れがいたところを通過した場所か」
思い出したようにポンと手を叩くトモに「――なるほど、こういうことだな」と、早速ソウマ医師が手を前に出し、歩き出す。
「なんだろうな。ほんのり暖かいと言うことは距離的にどうなんだ?」
俺も同じように手を出すと、以前に感じたほどの熱さはなかった。
「…ちょっと、遠いかもしれません。下手をするとかなり歩くかも」
それに「どうしよ。朝食、抜いちゃった」とトモがつぶやき、お腹が鳴る。
「――しょうがない」
俺はとっさにトモのためにと常備していた携帯食バーを彼女に渡す。
「ほら、これを食え」
「さっすが、ムーさん!」
言うなりバーを
「…まるで、彼女のマネージャーだな」と、苦笑するソウマ医師。
「――そうです。ムーさんは私専属のマネージャーなんですよ!」
トモは口を押さえつつもモゴモゴさせ、ソウマ医師に顔を向ける。
「マネージャーにして最高のパートナー。こんな
「それは、それは…」
そんなやりとりをしつつ、二つ目の角を曲がると…
不意に俺の手が熱くなった。
「あ、こっちに反応が」
――顔を向ければ、そこはドアの開いた暗い部屋。
カタカタと室内に響くミシンの音。
「…あら、どちらさま?」
ついで、一人の女性が立ち上がるとこちらに向かって近づいてきた。
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