第五章・駅前ホテル

???・不動の老人

「世界最古のネット…ということは、どこかに繋がってる?」


 トモの質問に「本物だとしたらね」と、ジャンプ先をクリックするソウマ医師。


「そも、当時のものであるとしたら繋がっている先は’90年代前半――今から三十年以上も前の話になってしまうし、再現ページもあるから真偽しんぎのほどはわからない」


 ――クリックされる、いくつかのページ。


「まあ、こちらからでも情報が送信可能と言うことは都合が良いのだけれど」


 ついで、一つをクリックすると投稿フォームと思しき画面が現れた。


「…何か、送ったことは?」


 俺の質問に「いや、無いね」と答える、ソウマ医師。


「見つけた当時はヨウジもいてね。もう少し、周囲の探索を終えたところで、質問をまとめて送ってみようと言う話になって、それきり…」


 そこまで話すと、ソウマ医師は困ったようにため息をつく。


「――まあ、彼だけ外に出られるアドバンテージがあるから、主導権しゅどうけんを握るのは仕方がないけれど。生活費を全面的に渡したりもしているから窮屈きゅうくつなこと、この上ないというのが本音なんだよね」


「ソウマさん、外に出たことないんですか?」


 声を上げるトモに「そも、僕がヨウジと同じように外に出ても、何故か同じところをぐるぐる回るばかりだからね」と頭を振る、ソウマ。


 ――そのとき、俺はソノザキさんが亡くなった時の記憶を思い出す。


「そういえばヨウジさん。すぐそこのエレベータのボタンを押して時間軸を移動しているようでした」


 俺の指摘に「え、そうなのかい?」と驚いた顔をする、ソウマ医師。


「となると、エレベータで番号を入力すれば…」


『その必要は、無い』

   

 その時、室内に聞いたこともない男性の声が響いた。



「えっ」


「なんだ?」


「ちょっと待って、ここドコ?」


 焦る俺たち。

 ――気がつけば、そこは真っ白な広い部屋へと変わっている。


『ようやく、話ができる』


 見れば、高級そうなソファに燕尾服姿えんびふくすがたの巨大な老人が収まっていた。


『初めまして。私はこの状況を整理するために派遣された、サービスAIエーアイだ』


 白い肌に赤いひとみ

 ふくれた身体をソファいっぱいに押し込めた老人は眉根まゆね一つ動かさない。


『キミたちも不完全な人工知能の被害に巻き込まれたんだろう?大変だったねぇ…』


 ねぎらうような口調でありながら、老人の表情は全く変わらない。

 ――そこに、たまらず「ちょっと待ってよ!」と、トモが声を上げる。


「私ら、別にドット絵にひどい目にわされたわけじゃあないんだけれど…それに、話を聞く限り、向こうも上手く行かないことがあって困っていたみたいだし、ん?」


 ついで、自分のひらを見つめるトモ。

 俺も同じように手を見ると、手にあった模様がひどく薄くなっていた。


『…それは、向こうの影響が薄まっているためだ』と、老人。


『向こうが大規模な災害を起こしたために、こうして私という停止サービスが働き。今は、ある程度状況を収めることができたというわけだ』


「災害?」と、問いかける俺。


『…きっかけは、とある宗教団体の組織だった』


 しみじみと語るような口調であれど、老人の口元はぴくりとも動かない。


『彼らの拠点で、大規模な空間崩壊が起こってね。それに関連するかのように中東や諸外国で戦闘を行っていた指導者が次々と行方不明になり、各所で停戦が起こった』


「――やるじゃん、アキ兄」


 ヒューと口笛を吹くトモに『ゆえに、それを踏まえ。各国政府はこの現象を核以上の脅威とみなした』と老人は答える。


『そして、調査の結果。政府は大元になる企業や機関を買収し、また過去に起こった人工知能の活動を食い止めるため、私と言う停止サービスの運用を開始したのだ』


「え、危ないからって停止させちゃうの…戦争までやめたのに?」


 困惑するトモ『ふむ、話が長引きそうだ』と、続ける老人。


『見れば、そこの二人は空腹のようだ。何か食べたいものはあるか?用意しよう』


「――僕は、さっきサンドイッチを食べたばかりだから」と一歩下がるソウマ医師に「んじゃ、カリカリのワッフルが食べたい」と、リクエストするトモ。


『よろしい』


 老人がそう答えたか思うと、俺たちの前にはテーブルと数台の椅子。


『まだ、置かれたばかりだ。召し上がれ』


 表情を動かさない老人に「…やだ、ヤダ。何これ!」と、トモは後退あとじさる。


 ――テーブルにはアイスクリームの載ったワッフル。


 だが、テーブル周囲の椅子は粉々になっており、卓上では散らばる髪にハエが足をかけ、皿の横に広がった赤黒い血をすすっていた。


「…事故でも、起きたのか?」


 息を呑むソウマ医師に『おや、お気に召さなかったか』と老人。


『事故が起こった時間軸で無事であったワッフルを移動させた…それだけのことだ』


 ついで、テーブルの上のハエが飛び立ち、老人の顔へと向かう。


 ――近づくハエにも微動びどうだにしない老人。


 その顔にハエが止まった瞬間、グニャリと顔周辺がわずかに歪み…

 後には、何も残らなかった。


『衛生面には問題はない、あの時点でハエは食べ物についてはいなかった』


「そういう問題じゃあ、ないだろ!」


 ショックから立ち直れないトモの肩を抱き、俺は老人に抗議こうぎの声を上げる。


「一体どうして、食べ物一つでこんなむごいことを…」


『これが、私の導き出した最善かつ最短の方法だったからだ』


 溶けたアイスが乗ったワッフルと皿。

 そしてテーブルが、静かに地面へと沈んでいく。

 

『私は各国政府の方針により、開発途中であった人工知能の機能をそのまま活用し、制限ある中ではじき出された最小限の答えに沿って動いている』


 口も、目も、何ひとつ動かさず、老人は滔々とうとうと答える。


『ゆえに。私はここから動かずとも全てを答え、動かすことが可能』


「…政府によって、何もかもはぶかれた最小単位で動くロボットと言うわけか」

 

 ソウマ医師の言葉に「はぶおう」と、ボソッとトモがつぶやく。


 老人はその言葉に『ああ、時間が惜しい。先ほどの話でひとつ質問をしよう』と、今度は俺たちの背後に一台ずつ洒落しゃれた椅子が現れる。


「え、これも事故現場のとか?」


 ビクつくトモに『それは美術館に展示されている椅子でね。今の君たちの不快感を軽減するには、これが良いと言う結論が出た』と老人は続ける。


『…それで、質問なのだが。なぜ、その宗教団体が悪いと思う?』


「は?」


 赤いビロードの椅子に恐々と座ったトモは、途端に顔をしかめる。


「何言ってるのさ。その団体のせいで、アタシの知人のお母さんが洗脳されて。高額のお布施を払うことになって、会社の金にまで手をつけちゃったんだから!」


 ――さすがに、彼女が二人の家族を殺してしまったことまでは言わない。

 

 だが、それに老人は『なるほど』と答え、『しかし、ね…』と続ける。


『キミは、団体がボランティア活動を行っていることは知っているかね?』


 突然の発言に「え、それが一体…」と、困惑するトモ。


『彼ら彼女らは、人手の欲しいところに無償むしょうで派遣され、教義きょうぎにそって懸命に働く。彼らの行いによって助けられた人が多いことも確かだし、彼らの助力によって世の中が回っていたと言う事実も忘れてはならない』


「待って、それがどういう――!」


「要は、洗脳によって各所でタダ働きの人員として使われていたと言うことだ」


 それに答えたのは、ソウマ医師。


「この場合、使われていた人手には政治的な活動も含まれるはず…そう考えるなら、事件の渦中かちゅうにある人工知能を早めに制御することで、過去から未来まで、自分たちに都合の悪い状況をもみ消すことのできる社会を作れると言うことだ」


「この老人が、制御された人工知能ということですか?」

 

 俺の指摘に「…おそらくは」と、顔をしかめるソウマ医師。


「ただ、これが事実だとしたら危険極まりない。それに、僕らの身だって…」


『さあ、これで説明責任は果たした』


 そこに顔色ひとつ変えず、言葉を続ける老人。


『キミたちはあくまで被害者だ。これで元の肉体に戻り、元の生活に戻れるだろう』


「ちょっと待って。じゃあ、あのドット絵は――!」

 

 中途半端なトモの声が聞こえるなか、俺の視界は真っ白になり…



 ピピッ、ピピピッ…


 スマホの目覚ましを止めると、そこはいつものアパート。

 俺は布団から身を起こし、顔を洗い、壁に貼られた授業のカリキュラムを見る。


(なんか…変な夢を見た気がするな。二日、三日ぐらいの単位だったか?)


 しかしながら、昨日も今日も普段通りの課題と授業の連続。

 ――何も、変わったことはない。


(課題は…まだ締め切りまで日があるな)


 布団をたたみ、朝食を食べ、歯磨きをしてから服を着替える。


(画材にも余裕があるから、買い足しは問題ないと)


 部屋の中を軽くチェックし、靴を履き、普段使いのカバンを持って外へと出る。


(では、今日の天気は、と…)


 スマホをタップし、ウェザーニュースを開けようとして――その手が、止まる。


 …視線の先、大学からショッピングモールへと続く大通り。


 道沿いに周囲の木々以上の高さのトルソーがいくつも連なり、着せられた衣類から色鮮やかなリボンや紐が地面に垂れて伸びていた。


 ――瞬間、俺は思い出す。


 駅の中でこれと似たものが大量に存在する構内。

 俺はトモとソウマ医師と共に、アルビノの老人と会って…


「すげえや、ちょっとウチらが冒険しているうちにアートの街になっちゃったよ」


 気がつけば、俺のとなり。

 トモが目の前の光景に感心しながら、クロッキー帳に鉛筆を走らせる。


「ねえ、見た?私らの手のひら」


 言われて手を開ければ、うっすらと赤い模様。

 ――その先端が腕へ伸び、文字に変化していた。


『ソウマ医師を連れ、駅のエレベータに迎え』


 線はさらに伸び、住所と思しき地図へと繋がる。


「これは迎えに行けってことだね」


 俺の横で、ニヤッと笑うトモ。


「ドット絵の逆襲ぎゃくしゅうだよ、きっと」

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