母屋②・嘆きと崩れ
足元には弾ともネジとも取れない金属片が階段を伝い、流れ落ちる。
「…母さんも、当然のようにここまでのことは知らなかった。入信した連中も大部分が同じで、渡した金の行く先は知らされていなかった」
『青少年文化センターにようこそ』
見下ろせば、ラジオ頭の女性がネジの海から未だ半身をのぞかせている。
「――母さんは、もともと
頭を振るアキヒコに『文化センターにようこそ』と響く、ラジオの声。
「でも、入った
体を引き上げ、もう少しで階段に辿り着きそうなラジオ頭の女性。
――そんな彼女の
「親父も母さんのことはわかっていたけれど、結婚をしたのは郷里に帰ってからで…その後に、俺を身ごもったんだ」
手の持ち主は、遺体となったアキヒコの父親。
彼は
「親父から母さんが元劇団員だったという話は聞いていたけれど、どうして母さんが仕事を続けられなかったのか、当時は疑問にすら思っていなかったんだ」
鳴り止まない銃撃の音。
空から、巨大なルーレット盤が落ちてくる。
――そんな中、アキヒコは何もない空間を手で押す。
「人工知能に寛容性を持たせたいと
彼が押した手の先には、見覚えのある駅の光景が広がっている。
「俺は連中が町内にはびこっていることも。母親が付き合わざるを得ない中で過去を利用されていたことすら気が付かなかった――俺は、力不足で…」
「でも、この事態はアキ兄のせいじゃない!」
クロッキー帳を抱えたトモが、アキヒコに叫ぶ。
「悪いのは、町に入り込んだ宗教連中だし、入る隙を与えたのは過疎化になった町のせいじゃん。おばさまだって、本当はこんなことしたくなかったはず…」
「――でも、結果は変わらないさ」と首を振るアキヒコ。
「家族は全員死んでしまったし、ヨシさんと親父も話すことは叶わなかった」
『…まあ、逆流した技術は製作者であるキミを生かそうとしたのだがね』
「あ、ドット絵!」
見れば、トモの肩にドット絵が乗り、アキヒコを見つめていた。
『未来から来た技術であるならば。キミがこうなることも予測していたはずだ…にもかかわらず、放置することなく
ドット絵の問いかけにアキヒコは答えず「うん、無事にコンタクトができたな」と、トモを見る。
「まあ、理由については人工知能にコピーされた時点で分かりきってはいるんだが――なあ、トモ」
「うん?」
呼びかけられたトモは、困惑顔でアキヒコを見る。
「中学時代に放課後の理科室から外の景色をスケッチしていたよな?」
「うん、そうだけど?」
「まわりの連中は馬鹿にしていたけれどさ、俺はお前のことが
「え?」
驚くトモと俺の前で、構内の景色が広がっていく。
「…あの
(俺は、そんな生き方ができるお前が、一番羨ましかったんだろう)
――気がつけば、俺たちは駅構内のクリニック前。
「…私に、芸術系に行くよう勧めたのはアキ兄だった」
クロッキー帳を抱えたトモは俺の胸に寄りかかる。
「私の絵を最初に認めてくれた、大切なお兄ちゃんだった…」
俺はその様子にため息をつき「ヨシさんの車の中で見たカレンダー。いつだったか覚えているか?」と質問をする。
「――今年の八月だけど…あ、そうか!」
トモは涙をぬぐい、俺の顔を見る。
「私たちのいる時間軸なら、まだ生きているんだ」
(そう。ドット絵の問いかけが正しいのなら、まだ時間に余地があると言うこと)
「…ま、問題は。この場所からどう自身の体に戻るかなんだけどな」
俺がそう答えると、クリニックから大きな怒鳴り声が聞こえた。
*
「――なぜだ、正しいことを言って何が悪い!」
見れば、診察室でヨウジがソウマ医師の胸ぐらをつかみ、声を上げていた。
「必要な人間に、必要なことを伝える。自覚が無いなら教える。その行動は、何一つとして間違っていないはずだ!」
それにソウマ医師は大きくため息をつくと「…ヨウジ。お前は、中学の頃から何も変わっていないな」とつぶやく。
「なんでだよ。昔、助けてやったのに、恩を忘れたのか?」
そう言って、胸ぐらをさらに強くつかもうとするヨウジに「待ってください。何の話ですか?」と俺は二人を
「…やめよう、ヨウジ。これ以上話をややこしくしても、お互いのためにならない」
手を離したヨウジに、胸の辺りを払うソウマ。
ヨウジはその言葉に眉根をひそめ「――ややこしく?わかりやすいじゃあ無いか」とソウマ医師をにらむ。
「お前が中学の頃。他のクラスの男子に告白されて、俺が助けて、誤解の無いように他の生徒にも事情を説明しただけじゃないか」
その発言にヒュッと息を呑む、ソウマ医師。
「お前…ずっと、そう思っていたんだな?」
「何を言ってる、当然だろ?」と、どこか
「相手もすぐに学校に来なくなったし。聞けば、あの日からクラスで
それに「…ヨウジ、お前の感覚とはなんだ?」と、拳をにぎるソウマ医師。
「自分の予想と違ったり。発言次第で相手がどうなるか、考えたことは無いのか?」
フーッと、長いため息をつくヨウジ。
「人はさ、
そう言って、自身の手のひらを見るヨウジ。
「さっきの話で病院に通っていたと聞いて、
「…似た匂い、とは?」
ソウマ医師の問いに「ああ。俺たちの足を引っ張るタイプだ」とヨウジは答える。
「ああいうタイプは物事の飲み込みも悪いし、時間もかかる。こっちも余裕がない分近くにいるだけでイラつくし、一緒にいるだけで負担になるのさ」
「――まさか、お前。面と向かって言ったのか」
ソウマ医師の指摘に「言うわけないだろ!」と、
「こっちも大人なんだ。あくまで遠回しに、それとなく出ていくように伝えることが関の山だ。そのうち向こうも気づいて、自ら出ていくんだから問題ない」
「…ねえ。そんなことされて、相手がどんな気持ちになったか、考えたりはした?」
思わず口を挟むトモに「知ったことか!」と、叫ぶヨウジ。
「お前らは、今まで俺が受けた
ついで、ヨウジはソウマ医師を
「あ、外は危ないって…」
思わず、引き止めようとするトモに「いや、行かせよう」と、ソウマ医師。
「ここに閉じ込められてから、たびたび口論になる。そのたびに奴さんは外の空気を吸いに外に出ているからな。いずれ戻るさ、それよりも――」
ついで、ヨウジが出て行ったドアを見る。
「地は変わっていなかったと言うべきか。さっきの発言からしても、ソノザキと言う女性はヨウジと話した上で、かなりの状態にまで追い込まれたんだろうな」
椅子に座り込み、顔を覆うソウマ医師。
――その左手には金色の指輪が光っていた。
「あ、結婚しているんですね?」
話題を変えるために、声をかけるトモ。
それに「…ん、ああ。
(――さすがというか、こう言う時には頼りになるな)
俺がそう思っていると「…正直、早く帰りたいんだよね。パートナーがいるから」とソウマ医師はスマホを取り出し、画面を見てポケットにしまう。
「もう、二週間もこのままだから。衣食住に関しては先にこちらに来ていたヨウジの買い出しでどうにかなっているけれど。家族に会えないのが、一番辛い」
「…心中、お察しします」
そう言うトモに「すまないね、気を使わせてしまって」とソウマ医師は椅子の向きを変える。
「ヨウジは昔から自分が正しいと思うことを相手に突きつける悪い
ついで、スリープモードのパソコンに向き直り、マウスを動かす。
「――そのパソコン、ネットに繋がってる?」
トモの質問に「残念ながら」とソウマ医師は画面にパスワードを打ち込む。
「オフラインのソフトだけが生きている状態だね。入力はできるからヨウジの持ってきたもののリストや近況報告をメモしているが…ひとつ、気になる点があってね」
画面中央部のアイコンをクリックする、ソウマ医師。
「これ――こんなもの、クリニックのパソコンにはあらかじめ入っていなかった」
そこにあるのは英語の文字列。
「文章を読む限り。これは旧式のウェブサイトのようだ」
「ウェブ…だったら、どこかに繋がっているんですか?」
俺の指摘に「ま、繋がっているのなら、そうなんだろう」と答える、ソウマ医師。
「こちらの知識が正しいのなら。これは世界最大規模の素粒子物理学の研究所に存在する、世界最古のネット環境であるはずなのだから」
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