母屋①・出ずるものたち

 ――勝手口から家に入ると、そこは台所。

 廊下の先、玄関のすりガラス越しに複数の影が見える。


(平坂さん、迎えにきました。バスが待ってます)


 玄関の引き戸をを叩く、女性の声。


(電話をしましたよね?息子さんと、私たちの元に来てください)


『…ねえ、アキちゃん。分かっているでしょ?ちょっと行くだけだから』


『嫌だ。俺は、行かないぞ!』


 気がつけば、玄関に二つの影が立っている。


 片方はアキと呼ばれた男性。

 もう一人は彼の手を引く小柄な女性。


 二人の顔は姿を含めてぼんやりしたもので同じように勝手口から一人の男性の影が駆け寄るなり、大きく口を開ける。


『おまえ、何をしているんだ。手に持った封筒は何だ…それは会社の!』


『ちょっと、仕事に行ったんじゃないの?やめてよ、放して――!』


 ついで、外の人々に男性の影も気づく。


『最近、様子が変だと思ったら。あの連中は何だ、警察を呼ばないと…!』


『やだ、連れて行かないと!』


 言うなり、玄関に置かれた年代物のラジオへと手を伸ばす女性の影。


『必要なの!これから先。あの子のためにも、私たちの未来のためにも――』


 ラジオを力任せに振り上げ、まずは腕を取っていた男性…

 続いて、アキと呼ばれた影の頭を女性はいくども殴りつける。


『連れて、行かなきゃ!つぐなわないと!必要なの、必要なんだから!』


 ボゴッ、ガチャンッと連続する鈍い音。

 床に倒れ、もはや動かない男性と青年の影。


 …外の異変に気付いたのか。

 ガラスから複数の影は離れていく。


 鈍い音が絶えず響く中。

 ただ、黒い液体が廊下の床へと広がっていく。


『とにかく、私は――あ、ああああ!』


 …自分のしたことに、ようやく気付いたのか。

 女性の影は、もはや形もわからないラジオを手にして絶叫する。


『ねえ、そんな…誰もいないの!?』


 ラジオを放さず、玄関に足をむける女性。


『どうして、何で――』


「…ねえ、向こうに何かいる!」


 トモの声に気がつけば、廊下の隣にある居間の先。

 縁側の物干し竿でラジオを手にした女性の影が首を吊っていた。


「そんな、おばさま…」


 トモの声についで縄がぶつりと切れ、吊られた人間が床に落ちる。


 ――ラジオが頭部のあたりに重なるように倒れた遺体。

 それがむくりと起き上がると、頭がラジオへとすげ替わる。


『いらっしゃいませ、青少年文化センターにようこそ。文化センターにようこそ』


 よた、よたっと廊下に向かって歩き、声を垂れ流す、ラジオの頭をした女。


 その声は先ほどの女性とまったく同じものであり、俺はふと文化センターにあったロボットの声は彼女――アキヒコの母親が吹き込んだものであったことに気が付く。


『館内では、自然科学や天文学に関する体験コーナーがあり…』


 床に倒れた影を踏み越えながら、廊下をさまようラジオ頭の女。


「すごいよな、宗教って。ハマれば理性と体のリミッターを外せるんだからさ」


「…アキ兄!」


 トモの声に顔を向ければ、いつしか俺たちの隣にはアキヒコ青年。


 先ほど殴られたものか、へこんだ頭部にはうごめく黒い血がわきだしており、それはスマホを入れていた胸の辺りから出ているようにも見えた。


「無事で?」


 俺の質問に「いや。俺は、もはや当人ではないよ」と、アキヒコは苦笑する。


「スマートフォンを伝い、人工知能が作り出した人格コピーだ。死亡時期はキミらと会う二日前――もちろん、製作者こっちとしても予想外のことだ」


 アキヒコはそう言うとへこみのできた頭部を台所にかけられていた野球帽で隠す。


「死後にインストールしていた人工知能が起動して、技術を逆流し、持ち主の身体を蘇生そせいしようとしたんだが…結果として、家を中心とした空間にひずみが生じて、時間の残像が繰り返されている状態になった」


「――でも、昨日まで普通に話していたよね?」


 困惑顔で問いかけるトモに「…一応、俺は外に出れるが長時間の活動はできない」と、アキヒコ。


「今だって、ずいぶんと肉体に無茶をしている。現実時間では三日も保たないだろう――異変に気づいた住人が警察に通報して様子を見に来れば、俺たちの遺体を見つけて終わるだけだ」


「この場所は?」


 俺の問いに「時間が引き延ばされた場所だ」と、アキヒコ。


「両親も、俺の記憶から復元された亡霊だよ」


 そこに『館内での喫煙、飲食はおひかえください』とラジオ頭の女性がこちらに向かってくる。


「…悲しいよな」と、ポツリとつぶやくアキヒコ。


「死んでもさ、こうして家の中を彷徨さまよう他ないんだから」


 そんなおり、ジャリッという感触を足に感じ、台所の床が大量のネジに覆われた廊下に変化していることに気づく。


「出口はこっちだ、早く!」


 伸びた廊下から、俺たちを階段へと誘導するアキヒコ。


「ま、母さんをハメた連中もただでは済まない。何しろ、俺や親の体の復元を試みた際に記憶をフィードバックして空間同士を連結しているからな」


 ――階段にも大量のネジがあふれ、あの異空間での校舎内を思わせた。


「…元は、根本的な問題の原因を解消するために組み込まれたプログラムだったんだが、複数の問題があると判断された場合はより多くの空間を巻き込む性質が――」


「スマン、わからん。簡潔かんけつに!」


 階段を上りつつのトモの指摘に「要は、俺たちの記憶から宗教団体の連中にまで、空間異常がさかのぼって起きていると言うことさ」と、アキヒコ。


 ――階下を見れば、大量のネジは台所や居間をすでに飲み込み、ラジオ頭となった母親の頭部のみが、わずかに見えるほど。


「あげく飲み込んだ連中の記憶まで遡ることになるから、お布施の行き先である教祖の金の使い先まで空間が飲み込まれることになって…」


 その瞬間、俺の横を何かがかすめていく。


 …それは一発の銃弾。いくつも弾痕だんこんが開いた壁の先にはカジノでルーレットを回す人々や、崩れたビルのそばで泣き叫ぶ女性や子供の様子が見えた。


ぜいを尽くした生活や賭博とばく。金は海外のマフィアを経由していき、戦争のために兵器や軍資金へと化けていく」


 パラララッという散弾銃さんだんじゅうの音。


「伏せろ!」というアキヒコの声に天井を見れば、通り過ぎる戦闘機せんとうきの姿が見えた。


「…ひどい、なんてことなの」


 クロッキーを抱えるトモに「これが、現実なんだよ」とアキヒコがこたえる。


「――俺の親は、自分の子供を供養くようするために献金けんきんしたつもりでも。巡りめぐって、供養どころか戦火に子供を放り込んでいたんだ」

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