第四章・整備工場併用住宅

移動車内・祭壇

「おばさんに電話しても、まだ来ていないって話だったからさ。科学館の近くにいるかもしれないと思って向かったら――ビンゴだったな」


 パタパタと、バンの窓を雨粒が叩き始める。


 ――走り始めて十分ほど。

 助手席には俺、後部座席には疲れたトモが寝息を立てていた。


「…トラックだと二人乗せられないから母親の車に換えたんだ」


 アキヒコは、そう言って軽く鼻をひくつかせてみせる。


「ちょっと匂うけれど、我慢してくれ。おこうが焚かれていたんだ」


「大丈夫です。そこまで気になりませんし…」


 口ではそう告げたものの、それ以上に気になるのはトモの後ろ。


 荷室には趣味の悪い装飾の施された壺や神棚。

 数珠の入った箱もいくつか積まれており、そこは言うなれば…


「大学に行っているあいだに親がハマっちゃってね――今は、問題ないから」

 

 …何に、とは言わない。

 曲がりなりにも初対面なのだ。

 

 彼自身が勧誘してこない以上は、おそらく安全とも言える。


「――トモは、未だに変わらないな」


 赤信号でチラリと後部座席を見て、アキヒコ青年は話題を変える。


「すごいよな、寝てもクロッキー帳を離さない。子供の頃からこうだから」


「…いったん描き始めたら、寝食忘れるのも変わらずですかね?」


 俺の合いの手に「ヤバいから。アイツの集中力」と、苦笑するアキヒコ。


「ガキの頃からスケッチ中にドブに何回も落ちるし。見守ってないと、何をするかもわからないところがあったから…トモのおじさんおばさんも、毎回心配していたよ」


 そこまで話したところで「大変だろ、そっちも?」と、こちらに聞いてくる。


「アイツに付き合っていると、振り回されてばかりじゃないかい?」


 その質問に俺は「――まあ、最初に相談された時には驚きましたけれど」と答えると同時に当時を思い出す。


 …そう、トモと初めて話をしたのは一年のデジタルデザインの実習のとき。


 当時の彼女はパソコンの使い方もロクに知らず、マウスを持て余しているところを俺が不思議に思って口出ししたのが始まりであった。


「白神は一年の時から絵の才能が凄くて。実際、参考作品を選ぶ時には彼女の名前を聞かない日は、ほとんど無いくらいで」


 それだけにトモがデジタルにうとかったことは、当時の俺にとって衝撃であった。


「聞けば、スマホも電話機能以外使ったことがなくて。ネットも滅多めったに使ったことが無いと聞いた時には驚きましたよ」


 それに「そりゃ、そうだ」と、しれっと答えるアキヒコ。


「トモは昔から絵を描く以外は何も興味が無かったからな。昔から、ひどく世間ズレしていたし。そんなアイツを俺は高校行くまで面倒見てたってわけだ」


 野球帽を目深に被っているため、アキヒコの顔はうかがえない。


「まあ、さすがに高校までは付き合えなかったけど。俺が工業系で、あっちは文系。もう少し成長すれば、アイツも独り立ちできるだろうと思っていたから」


「…確か、大学では人工知能を作っていると聞きましたが?」


 俺の質問に「ああ。ヨシさんから聞いたのか」とアキヒコは赤信号で停止する。


「他大学と共同チームで研究している。容量もスマホに入るくらいで感情を…というか、性質に寛容性かんようせいを組み込めないか試みているんだ」


「寛容性…ですか?」


 首を傾げる俺に「今は切り捨てが主流の時代だからね」と、外の景色に目を向けるアキヒコ。


「バブルが崩壊してから社会全体に余裕が無くなって。余分なものを捨てて、縮小をしていった結果、経済が都会に集中し、田舎がシャッター街だらけになっていった」


 バンはいつしか人気のない商店街を走っており、シャッターの降りた店舗にはサビが浮き、空きテナントもちらほらと見えた。


「こっちの就職もさ。一旦は機械系に進んだのだけど個人の整備士は生活が苦しいと聞いて。あまり遠いと金もかかるし。両親と相談した結果、地元の国立大学に進んで教員免許を取るという妥協案だきょうあんに落ち着いたんだ」


「え、でも。大学で人工知能は…」


「サークル活動、せめてもの抵抗ていこうだよ」


 赤信号で車を停め、肩をすくめてみせるアキヒコ青年。


「子どもの頃からトモを見ていて、世の中には色んな奴がいると思ってさ」


 そう言って、バックミラー越しにトモを見る。


「そういう連中にとって今の社会は狭すぎるなとふと思ってな。でも、それは俺らも同じ…だからこそ、現状をよくするために多角的視点たかくてきしてんを持つ社会全体のサポーターとなる人工知能を作れば、少しは困らない世界になると思ったんだよ」


 いつしか、雨が弱まっていく。


「その性質のかなめに、俺は寛容性を組み込むべきだと思っているんだ――俺自身も、何もかも切り捨てる考えには辟易へきえきしているからね。受け入れて全体の幸福度をあげる働きかけができる人工知能を目指したいのさ」


「…その話、ヨシさんにしましたか?」


 俺の質問に、アキヒコは胸ポケットに入れたスマホをチラリと見る。


「いや、まだ開発段階だし。対象となるデータも足りていないしな」


 バンは商店街を抜け、堀のある公園が見えてくる。


「ヨシさんが興味を持ってくれるのなら嬉しいけど…実際、将来は会社を起こしたいって仲間もいるからさ。都内だとテナント代も高いし、役所の人づてなら市の補助で安く拠点になる空き屋を借りる方法も知っているだろうし」 


 噴水のあたりの赤信号で止まるバン。


「――ただまあ、俺はあくまで口を出すだけ。将来的には当人たちで相談したほうが良いと思う」


 そう言って、視線を外すアキヒコに「…どうして、そんな他人行儀たにんぎょうぎな反応をするんですか?」と思わず、俺はたずねる。


 …そう。ヨシさんの話を聞く限り、彼は展示のロボットを介して息子のアキヒコか父親のナツヤさんと話したがっていた。


 しかし、これまでの話を聞く限り。

 アキヒコ自身が、彼を避けている節も見えた。


「何か、話をしたくない理由でもあるんですか?」


 それに、アキヒコは一瞬だけ目を伏せると「…トモのやつ。最近はSNSで情報発信をしているよな?」と話題を変える。


「評判も良いみたいだし、キミがそれに関わっているのは薄々感じてはいたけれど――どうだい、この先も二人で続けていくのかい?」


 それに俺は違和感を覚えるも「…いや、それはないと思います」と素直に答える。


「もとより、少し手を貸す程度だったので。現に白神も、自力で写真を撮ってSNSにあげるくらいの実力はついていますし。生活は、やや乱れることもありますけれど、俺がいなくても自立はできますよ」


「ふうん、自立ね。じゃあ、キミ自身は将来が決まっているのかい?」


 俺はそれに内心痛いところを突かれたと思いつつ「…まあ、ぼちぼち」と答える。


「白神は、仕事上のパートナーとして一緒にいて欲しいとは言いますけれど、俺には絵の才能もありませんし。彼女をサポートする資格も無いですから」


 そこに「――なぜ、絵の才能が無いとサポートする資格も無いと思うんだい?」とアキヒコは首を傾げる。


「話を聞いていると、キミこそ無理にトモを避けようとしている節があるように見えるが…何かあるのかい?」


「それは――」と俺は言いよどみ、後ろで寝息を立てるトモを見る。


「俺のできることなんて、たかが知れていますから。ましてや、彼女をサポートする仕事なんて、本来なら誰でもできるので」


と言える仕事ほど、実は当人しかできない場合が多いんだよ?」


 アキヒコの指摘に、思わずハッとする俺。

 

「…必要とされているのなら、それに応じることも大切だ。それで現状が良くなっているのなら、なおさらにね」


 その口調に、俺はどこか既視感きしかんを覚えた。


「あの、アキヒコさん――」


 その瞬間、トモの持っているクロッキー帳が後部座席にバサリと落ち「うげっ」と、ひょうしにトモが起きる。


「やべ、砂ついた?大丈夫、うわ。ウチの前じゃん!ずっと私は寝てたの?」


 バシバシとクロッキー帳を叩くトモに「はよ降りろ」と、アキヒコ。


「おじさんもおばさんも心配している。ちゃんと説明しておけ」


「う、わかった」


 俺はトモと一緒に車を降りるも「ああ、そうだな」とバンの窓が開く。


「――もし、現状に不安を感じるのなら自分ができる最善のことをプラスしてみるのも良いかもしれない。それこそ、彼女が喜ぶようなことをね」


「え…」


 同時にバンの窓も閉まり、車は道路を挟んだ向かいの道へ行ってしまう。


「あーあ、行っちゃった」


 小さくなるバンから俺に向き直り「ヨシさんの話、した?」と尋ねるトモ。


「…まあな」と俺は答えると、雨の止んだ空を見る。


「ぶっちゃけ、対応できるほどの状況じゃ無さそうだ。話す気もないらしい」


 それに「まあ、私も寝ていたからね。しょうがないやね」とトモはクロッキー帳を傍らに大きく伸びをする。


「アキ兄の話だと、親もすでに待っているだろうし。一旦家に行くしかないか」


 ついで歩きだすトモに「というか、白神の家って歯医者なのか?」と、尋ねる俺。

 トモはそれに「うん」と一言。


「両親ともに。兄さんは研修医で修行中、だから私は自由にできるんだよね」


 同時にパッとクリニックの明かりが点き、窓から人影が見える。


「あ、やべ。母さんだ、早く行かないと」


 そうしてトモは俺の手を取ると、玄関の方へと走り出す。


「まあ、初対面だし。診察椅子に縛り付けられてドリルで口内に穴をあけられることはないだろうけれど――まあ、なるようにしかならないか」

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