移動車内・廃れし街

「ヨシさーん、トラック回しますんで台車をお願いしま…あれ?」


 俺とトモが立っている建物の横。

 雑草の伸びた生垣横から二人目の男性が出てくると、トモが「あ!」と指をさす。


「アキ兄じゃん。なんで、ここに?」


 それに「げっ、トモ!」と、野球帽を被った男性はとっさに身を引く。


「何してるんだよ。お前、隣の市にある大学に言ったんじゃないのかよ!」


 そこに「ちょっと所用で」と、トモはデへへと笑みを浮かべ「…ってか、アキ兄もまだ学生の身のはずじゃん。大学はどうしたのさ?」と首を傾げてみせる。


「俺は、夏休みで親父の手伝いをしていて…」


 モゴモゴと返答するアキ兄と呼ばれた男性に「まあ、ともかく――」と、渡された板のあいだから出てきた男性がポケットから出した軍手をはめる。


「まずは板を退けてコイツを外に出させてくれ。話はそれからゆっくり聞くから」


 そう言って、一枚どけた板の先には台車に乗せられた一台のロボット。


「あっ、文化センターの入り口にいた案内ロボットじゃん。懐かしい!」


 ドアに近づき、嬉しそうに声を上げるトモ。


「…そうか、まだ知っている子がいたか」


 男性はそう言うと、ほんの少しだけ口元をほころばせてみせた。



「――夏休みの課題で、地域調査ねぇ…」


 車のハンドルを握りながらつぶやくのは先ほどヨシさんと呼ばれた男性。


 胸には『市立科学館・非常勤職員』と書かれた名札をつけており、仕事中にも関わらず俺とトモに移動手段がないことを聞くなり科学館までならと乗せてくれていた。


「観光用のシャトルバスもあるけれど、ちょっと道から外れれば、こんな感じの田舎だからね。公衆電話も滅多に見当たらないし、移動はもっぱら車じゃないと」


「そうですよねぇ」と椅子にもたれかかり、トモも相槌あいづちを打つ。


「実家がこっちなんで、わかってはいたつもりだったんですけど。まさか、うっかり近くのアスレチックでスマホを池に落としちゃうなんて。あげく、相方のムーさんも電池切れをしたもので、親に連絡できずにさっきまで困っていたんですわ」


 もちろん、今しているのはすべて作り話だ。


 ただ、トモと俺のスマホは未だに砂嵐状態で使えず、先ほどまで肩の上にいたはずのドット絵の彼女も見当たらない。


(…となれば、必然的にバス通りのある科学館付近まで乗せてもらうことしか移動の手段はないわけで)


 そんなことを考えていると「――それにしても、学生さんは大変だね」と助手席をチラリと見てからヨシさんは話を続ける。


「活性化を目的とした地域デザインの考案かあ。以前、ウチの水族館のリニューアル時にもロゴマークを募集したことがあったけれど今後に繋げられる地域のアイテムやイベント企画まで考えなきゃいけないなんて、することが市の企画課並みだね」


 それに「ま、この手の企画は大人数で行うことが基本ですし」と俺は言葉を濁す。


 ――車内のインテリアとして置かれたブロックタイプの卓上カレンダー。


 それらの数字は今は八月であることを示しており、あたりに響くセミの声や道ゆく人々が半袖はんそでな事からも俺たちがいた時期から二月ほどずれていることを実感させた。


「俺とトモはあくまで下見で来た感じだったんで、他の場所も一応候補にあるんで」


「…そうだね。もし決まったら、市の企画課に連絡をすると良いよ」と、ヨシさんは優しい口調で提案する。


「この地域も過疎化かそかが進んでいるし、町おこしの材料があれば喜んで飛びつくから」


「ありがとうございます」と俺はバツの悪い思いで、外を向く。


 でっちあげとはいえ、とっさに出たのは一年の時に行ったプロジェクトの授業。

 あの時には複数班で一つの町を盛り上げる形で行っていた。


 見れば、この街も行く先々でずいぶんと店のシャッターが降り、全体的にすたれていることがわかった。


(…それだけに、ヨシさんをだますような形で話をすることには気が引けるが)

 

「まあ、困ったところに偶然アキヒコくん家のトラックを見つけたのも確かで。運が良かったとしか言いようがなかったですよ」


 そこにとっさに話を変えようと思ったのか、テヘヘと笑うトモ。


「彼とキミは幼馴染おさななじみだってね」


 ヨシさんはそう言うと、バックミラー越しに背後のトラックを見る。


 ミラーにはハンドルを操作するアキヒコが映っており、車内でも野球帽を脱がない彼は、ときおり襟元えりもとまで詰め込んだ長いタオルで汗をぬぐっていた。


「今日、本当はアキヒコくんのお父さんに搬入を頼んでいたのだけれどね」


 赤信号まで来たところで、車を停めるヨシさん。


「今朝方、アキヒコくんから電話が来てね。都合が悪いから、息子に任すと…正直、久々にナツヤさんと話が出来ると思ったんだが。しょうがないよね」


 頭を振るヨシさんに「ナツヤさんって平坂車体製作所ひらさかしゃたいせいさくしょのナツヤおじさんですよね」と、確認するトモ。


「自動車整備工場だった気がしますけど、今の時期いそがしいのかな?」


 首を傾げるトモに「彼とは、工業高時代からの古い付き合いだから」とヨシさん。


「手先が器用でね、あの入り口の案内ロボットも特注で頼んだものだ――かれこれ、二十年以上も前の話になるよ」


「へえー、ちょうど私が生まれた頃にあのロボットってできたんですね」


 感心するトモにヨシさんは小さく笑う。


「――まあ、アレもガワをそれっぽく作って中にラジカセを接続したものだけどね。ほら、手前にボタンがあっただろ。押すと、簡単な館内の案内から挨拶まで録音された三種類の音声が流れるんだ…キミ、遊んだことはある?」


 ヨシさんの質問に「ええ!当時はワクワクしてました」と、身を乗り出すトモ。


「他にも、自分が何人もいるように見える三面鏡の箱とか。台風を発生させる装置とか、楽しい思い出ばかりで…でも、文化センターが昨年で閉鎖したなんて」


「しょうがない。これも時代だからね」と、遠い目をするヨシさん。


「二十年前は文化センターあのばしょのような箱物施設があちこちで建って、こっちも職員として入ってから新しいことを色々とさせてもらって。考案したロボットを置けたのも、そのときだったからね」


「…あのロボット、どうなるんですか?」


 俺の質問に「閉鎖後の一周年として特別展を企画しているんだ」と、車を駐車場に停めながら答えるヨシさん。


「といっても、部屋の一角を借りて小さく展示コーナーを設けるだけなのだけれど。俺も、科学館こっちに移ってから来年には辞めるし――」


「え、定年には早くないですか?」


 車を降りつつのトモの質問に、ヨシさんは助手席から書類の入ったフォルダを手に持ち、自分の『非常勤職員』の名札を指さす。


「市の方針が変わってね。入った時には正規職員でも科学館に移ってからは臨時から非常勤。あげく来年度から指定管理者制度で民間に移るからね。春まで施設から出ていかないといけないのさ…手取りもずいぶんと減ったし」


「ひどくないですか、長年勤めてきたのに?」


 俺に質問に「…仕方ないんだよ」と、ヨシさんはため息をついて天を仰ぐ。


「人も予算も年々減っているからね。市長トップが変わればやり方も変わる。今じゃ、老人に住み良い街をうたっているし、介護施設や老人ホームばかり増えて、文化を大切にしないから。駅も街も老朽化ろうきゅうかの一途をたどっている」


 ついで入ってきたアキヒコのトラックに建物の後ろに行くよう指示を出す。


「――じゃあ、こっちは搬入をしないと。館内には公衆電話もあるし、バス停も近くにあるからね。ああ、アキヒコくんに話があるなら三十分ほど待ってくれ。駐車場に車を回すようにこちらから伝えておくから」


 そこに「あ、構わず」と、手で制すポーズを取るトモ。


「こっちも適当なところでアキ兄に話しかけますんで。気にしないで」


「…そうかい、ならいいが?」


 そう言って、車に乗り込もうとするヨシさんに「あの!」と、声をかけるトモ。


「その、手に持ってるフォルダなんですけど」


「え、これが何か?」


 フォルダを見て怪訝けげんそうな顔をするヨシさん。


「その一番上にある書類のロゴマーク。制作者、彼なんですけど!」


「え、あ…これ?」


 指さすトモに困惑し、書類と俺を見比べるヨシさん。

 透けて見えたロゴマークの書類。


 ――それは俺が一年の夏に提出した、市の水族館のロゴマークと同じであった。

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