(旧)青少年文化センター・金属流動

「あ!」


「ぎゃあ!」


 ――気づけば、俺とトモは人体模型や標本が並ぶ理科室に立っていた。


「やだやだ。夜の中学じゃん、足元動きにくいし」


 窓の外には巨大な赤い月。

 見れば、くるぶし辺りまでネジやナットといった金属部品がひしめいている。


「歩きにくーい!」


 クロッキー帳を小脇こわきに抱え、外に出ようと金属の中を歩き出すトモ。


『…ここは、急いで脱出したほうが良いな』


 彼女に追いつきドアに手をかけたところ。

 肩に乗っていたドット絵が、俺に話しかける。


「ってか、移動のサポートができるのなら元の場所に戻すとかできないの?」


 ドアの取ってに手をかけつつ、しぶい顔をするトモに『申し訳ないが、それは無理な話だ』とドット絵が首をすくめてみせる。


『先ほども言ったが、私は肉体の補助はできても正確なポイントへの移動が難しい…あげく、この次元は非常に不安定だからな。早めに出ることをお勧めするよ』


「なんっで、こんな面倒な所ばかり、中間地点のように、存在するのさ!」


 二人がかりでもなかなか開けられないドアに文句を言うトモに『それは端末に接している側――キミたちの問題でもある』と、答えるドット絵。


『あくまで対象の望むポイントを指定しているが、無意識の感情や移動先にある残留思念ざんりゅうしねんが強い場合、それらに左右される形で不安定な場に行き着いてしまうのさ』


「残留思念…記憶の名残なごりってことか?」


 俺は信じられず、ドット絵を見る。


「待て待て、そんなオカルトじみたもの――」


 そこに、ようやく開いたドアから大量のネジが入り込んできて、勢いそのままに、俺たちは理科室の反対側へと押し流される。


「ぐえっ、窓にぶつかる!」


 叫び声を上げるトモ…だが、幸か不幸か。


 先に流されたネジの衝撃で窓ガラスが粉々になると、俺たちはそのまま窓の外へと――周囲をぐるりと校舎で囲まれた中庭ともいうべき場所へと放り出された。


「ぷはっ…ってか、ここもネジまりかい!」


 数本のネジを口から噴きながら、声を上げるトモ。


 ――そう、そこはまさに渦巻くネジやナットの只中ただなか


 校舎のあちこちから噴き出した金属部品は庭の中央へと流れ込み、渦の中心部には型を取った際にできるバリなどの尖った金属がひしめきあっていた。


「あのー、聞いておきたいんだけど。私たちの防御力ぼうぎょりょくって、今どれぐらい?」


 俺に腕をつかまれながら、おそるおそるドット絵にたずねるトモ。


『――補助はあくまで生命活動を維持できるライン。怪我けがはする』


「絶体絶命じゃん!」


 部品の流れは緩慢かんまんではあれど、抜け出せなければ意味がない。

 渦は底なし沼のようで、もがけばもがくほど体が下へともぐっていく。


「えーい、もう観念かんねんしたわ!」


 腰のあたりまで浸かった時点でヤケっぱちになったのか、この場でクロッキー帳を広げ始めるトモ。


「最後ぐらい、このあたりの光景を写生するわ。遺作いさくを残してやる!」


 ガリガリと体が流されるままに鉛筆を走らせるトモ。

 俺は脱出方法はないかと周囲を見渡し、空を見上げて絶句する。


 空に浮かぶ巨大な赤い月。

 …そこから滝のように大量のネジやナットが落ちてきていた。


 降り注ぐ部品は時折ときおりねじくれながらも屋上を伝い、校舎の中へとあふれだす。 


 教室はどこもかしこも赤く発光し、天井近くまで波打った金属が電灯やモニターの支柱にぶつかるさなかに人の形を形成して、すぐさま崩れていく。


(…なぜだろう、首吊り死体みたいだ)


 一瞬だが、自分のしてしまった想像に俺はぞっとする。


 思えば、ネジを落とす月は人の頭部。

 時折歪ときおりゆがむネジの滝は両手で首を絞める瞬間にも見え――


「こっちだ!」


 気づけば、自分たちと同年ほどの男性が教室の中でロープを手にしていた。


「今、そっちに投げるから。出たらすぐに黒板側のドアを開けろ!」


 続いて投げられるロープに俺はとっさに手を伸ばし「白神、ロープが来たぞ」と、未だクロッキーに集中しているトモに声をかけた。


「あと、ちょっと。もう少しで描き上がるから」


 駄々だだをこねるトモに「…わかったよ」と、早々にあきらめた俺はロープの端をトモの胴体へとくくりつけ、教室へと手繰たぐり寄せる。


「…終わったか?」


 教室にたどりつき、這々ほうほうの体でトモを引き上げた俺に対し「ばっちし!」とトモは満足そうにクロッキー帳を閉じる。


「で、なんか話してたっぽいけど。誰かいた?」


 男性は姿は見えず、外に出たようなので「黒板側のドアから出ていけって…」と、俺はようやく呼吸を整えて立ち上がる。


「ありがとね、ムーさん」


 ペロリと舌を出すトモ――そこに校舎が勢いよく崩れ出す。

 壁や天井はネジやナットの波へと変化し、こちらに向かって襲い来る。


『…ぎりぎりまで、持ちこたえていたのだろう』


 ――不意ふいのドット絵のつぶやき。

 俺はとっさにトモをかばう形で抱え、黒板側のドアを開けた。


 ガサッ


「うわ、今度は草っぱらかい!」


 驚くトモの声と同時にムッとするような熱気をはだで感じる。

 顔を上げると日が落ちていくところで、夕暮れ時だと分かった。


『無事、着いたようだな…』


 次第に声が小さくなっていくドット絵。


 ――ヒビの入ったコンクリートの建造物。

 近くで上半分ほど板の渡されたガラスの扉がキイと開く。


「君たち、そこで何をしているんだ?」


 内側から顔を出す、一人の男性。


『青少年・文化センター』と古めかしい毛筆もうひつで書かれた看板。

 辺りにひびく、セミの声。


 …俺とトモは、閉鎖されたであろう建物の前に立っていた。

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