自宅・もう一人の自分

「…次元を一つまたぐだけで、俺たちの知る常識は簡単にくつがえる」


 ヨウジはそう言って、シアター通路のトイレにある用具入れをあさる。


「本来なら一つである物体が複数発生したり、時間と空間との境界もあいまいになる――モールの火事が、良い例だ」


 女子トイレの一角。

 腕を組み様子を見るトモの横で、俺は目のやり場に困りつつ話を聞く。


「もうひとつ言えば。俺たちは次元こそ移動しているが安定はしていない…早い話、別の次元に移動することが可能だ」


 ヨウジは掃除用具入れをカラにすると、床板に手をかざす。


「…ここだな。手のひらを向けろ、反応があるはずだ」


 言われた通りかざすと、手のひらにある模様のあたりが熱くなる。


「次元の行き来ができる人間が近くにいるときや、移動ポイントに近い時にコイツは反応する、覚えとけ…じゃあ、先に行くぞ」


 言うなり、ヨウジは剥がした床下へと飛び込む。


「んん!?」


 トモが覗き込んだ先は、さらに広大な空間。


 ――下にあるのはランドセルのかけられた勉強机とベッドと本棚。

 一見すると、小学生の部屋のようにも見えるが…あきらかにサイズがおかしい。


「なにこれ。デカいし、物が宙に浮いてる」


 はたからみれば、俺たちが巨人のいる部屋を天井からのぞいている状態。

 部屋には俺たちの背丈せたけより大きい、本やサッカーボールが浮いていた。


「…降り立った感じ、重力も小さい。これが移動の鍵になるかもしれない」


 机に降り立つと、ヨウジはナップザックからビニールに詰めたゴルフボールを取り出し、それらを勢いよく空中にぶちまける。


「――ん、よし。足場になるな」


 空中で静止したボールに足をかけ、ヨウジはこちらに声をかける。


「即席で道を作った、ついて来い」


「ええい、ままよ!」


 続けてトモが下へ飛び降り、俺も慌ててついていく。


「気をつけろ。こういう異常がでかい場所ほど、さらに面倒ごとが重なるもんだ」


 空中に追加の足場となるゴルフボールをぶちまけつつ、ヨウジが叫ぶ。


 わーい!

 キャハハハ…


 ――いつしか、窓から子供たちの遊ぶ声が聞こえていた。



「反応はあっち…あの猫用のドアのところか?」


 巨大な部屋の三分の一まで進んだ頃。


 空中で静止したクレパスの上。

 手のひらをドアに向けていたヨウジは回収したゴルフボールを再度宙に放つ。


「――ねえ、なんか向こうの声が大きくなってる気がするんだけど?」


 歩くかたわら、俺とボールを回収するトモに「…まずいな」と、ヨウジ。


「少しスピードを上げよう。次元によってはドア一枚をへだてた先で酸素がなかったり、危険な生物に襲われる場合もあるからな」


「え、生き物…?」


 そう、トモが言ったときだ。


 ギャハハハハ!


 不意に子供の笑い声がすぐ近く。

 それも、窓のそばで聞こえ――


 ホームラアーン!


「え?」


 バリーンという、大きな音。

 巨大な窓ガラスが粉々に砕け、室内にボールが飛び込んでくる。


「いや…あれ、ボールじゃない!」


 思わず、俺の口から声が出る。


 ――それは、何十人もの子供の塊。

 上下真っ白な子供たちがボールのように一塊になって室内に飛び込んでいた。


 キャーハハハハハハァ!


 はずみでバラバラになる子供たち。

 窓から風が吹き込み、重力の影響か俺たちの体は否応いやおうなく飛ばされる。


「白神!」


「おい、俺の手を繋げ!」


 とっさに俺はトモの手を取り、トモはヨウジの手を取る。

 先にはヨウジが言っていた猫用のドア。


「――やばい、突っ込むぞ!」


 風圧の勢いのまま、ドアへと突進する俺たち。 


 バンッ!…という、凄まじい音がしたかもしれない。

 俺たちは地面に突っ伏し、顔をしたたか打った気がしたが…


「およ、痛くない」


 隣で、ガバリと体を起こすトモ。

 俺もそれにならい、ゆっくりと身を起こす。


「…え、ここって。まさか」


 そこは、モールに続く家具店の一角。

 床には毛足の長いカーペットが敷かれ、椅子や机が置かれていた。


『本日はご来店いただき誠にありがとうございました』


 頭上のスピーカーから聞こえる音声。


『まもなく閉店時間です。またのご来店をお待ちしております…』


 俺とトモはアナウンスの声に立ち上がり、改めて周囲を見渡す。


「…人、いるね」


「ああ、出口で店員が頭も下げているし」


 先ほどまで一緒にいたヨウジの姿は見えず、室内も普通の家具屋に見える。


「外も…問題ないね」


 外に出ると夜になっていたが、昼間に見たモールが確かにそこにあった。


「何だったんだ、今までの?」


 呆然とする俺に夜の冷え込みからか襟足えりあしをあげるトモ。


「う、寒い…私、先に帰るわ」


 俺はそれに「あ、そうだな。送るか?」と声をかけるも「…いや、いいわ」と先に歩きだすトモ。


「なんか、変な夢を見た感じ。材料は明日買うし、今日はありがと。ルーティーンのデッサンしに家に帰らなきゃ」


「あ、無理すんなよ…俺もこのあと夕飯買いにスーパーに寄るから」


 気まずく、歯切れの悪い別れを交わす。

 その後、俺はとりあえず夕飯にスーパーで安い弁当を買い込むことにし…



「待て、何の冗談だよ?」


 弁当の袋を思わず土間に落とす。

 …そこにいたのは雑誌を切り抜き、台紙に貼り付けるもう一人のであった。

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