映画館・事業フィルム
『我が社の装置を使い、原子の質量を上げることで生じる空間変化を利用し…』
――俺とトモが逃げ込んだのは、モールより二階の通路で繋がる映画館。
道中は窓ひとつ見えず、非常扉も閉鎖されており、
「…係員はおろか、人そのものがいないじゃん」
落胆した声をあげ、無人の受付に近づくトモ。
俺は試しにとカウンターの電話を取ってみるも、なんの音もしない。
「ダメだ、内線も使えない」
周囲に吊るされたテレビには今上映しているものかデモムービーが流れていたが、どれも覚えのない作品ばかり。
「外と連絡もつかないし、火の手もある。どうしたら良い…」
頭を抱える俺、そこに「――ほうっとけ、ありゃ何度もそうなる。お前さんたちは初めてここに来たクチだな」と声がした。
見れば、スタッフルームから一人の男が出てくる。
「…そこの映画を見ていけ。自分たちの置かれている現状が分かるはずだ」
男は受付の椅子に腰掛け、手にした新聞を広げる。
「そこのモール、火事になってるんだけど…?」
困惑するトモに「――だから。この出来事は何度も起きるんだ」と、男はいらだち紛れに持っていた新聞の見出しを見せる。
「『ショッピングモールで火災。配線による事故と設備点検不足か?店内にいた十人以上が死亡』…これこそ、今まさに起きている出来事なんだよ」
「いやいや、何を言ってるのさ」
トモはそう言いながらも新聞に目をやるが「…え、何これ。日付が変だ」と、俺に見えるよう、男の手をつかんで誌面を引き寄せる。
「これから先の…今年の冬になってる!」
みれば確かに。
年号はそのままだが、月が半年以上も先のものとなっていた。
「――ああ、お前らにとってはそうか」
驚くでもなく、新聞を畳む男。
「となると、お前さんらにとって俺は未来から来た人間になるんだな」
腕を引き、新聞を脇に挟む男に「…いや、状況が飲み込めないんですけど?」と、トモはなおも食い下がる。
「だから。知りたいのなら、そこの映画を見れば良い」
男はあくまで
「いま上映されているのは、俺たちをこんな状態にした企業が製作した記録映画だ。見れば、大まかな事情は飲み込める…不愉快な気分になるだろうがな」
*
『…光をも飲み込む大きな穴。ブラックホールは物質が集まり、非常に高密度な状態で潰れ、生成されるものです』
シアターの真ん中。
そこに陣取り、上映される映画を見る俺とトモ。
「すまんが、少しもらうぞ」
その横で、男は俺が持ってきたスナック菓子の袋を破ると、二、三個の菓子を口の中に放り込み、こちらに戻す。
…正直、こんなことをしていていいのか未だに不安であったが先ほどの新聞の件もあったため俺は男の言う通りにしたほうが良いと席についていた。
「モールは物を持ち出すには良いがすぐに火事になるうえ、中にある食料も安全とは言い難いからな。だからこそ、外部の人間が持ってくる食料はありがたいのさ」
男の横には背負っていたナップザックが置かれ、隙間からはみでたバールや金属製のコップがスクリーンの映像を反射していた。
「…にしても。菓子をカバンに常備しているなんて
「あ、違います」
食われているにも関わらず、俺は思わず菓子の袋をトモに渡しながら
「これ、どっちかっていうと隣にいる白神のためで。コイツ、課題の作品作りに夢中になると飯を忘れて…コンペで賞も取れるほどの腕前なんですけど画材にも全額注ぎ込むせいで、ときどき空腹で廊下に倒れているんです」
「――そのための菓子より、ちゃんとした飯を食わせてやれよ」
そんな中『素粒子を高速でぶつける際に質量が増加し、小規模なブラックホールが生じることはご存じでしょうか』と、映像の声が重なる。
『これは惑星の爆発などで出現する巨大ブラックホールと対照的で、出現後まもなく消滅する性質を持つと考えられてきましたが、我々は生じた穴を固着させ、その先にある別の宇宙空間の存在について研究を重ねてまいりました』
スクリーンには地下に埋められたパイプの中を粒子が高速で移動する映像や、接触と同時に消滅する映像が流れ、地下に巨大な建造物が開発される様子が映る。
「おじさん、名前は?」
飽きて来たのか、男に質問をするトモ。
それに男は少し黙った後「…ヨウジだ」と短く答えた。
『苦労の末、固定方法を確立させた我々はそこで生じた
大量のライトのようなものが埋め込まれた施設。
周囲のライトが光を放つと、室内が水中のように歪んでいく。
「なんか、ヤベーことしてない?」
声を上げるトモに「静かに聞け…嬢ちゃん」とヨウジを名乗る男が注意する。
『そして我々は固着した空間を拡充し、物資の移動から人体を安全に搬送させる手段へと実験を重ねてまいりました』
先ほどのランプがあった空間よりもさらに広大な空間。
――中は、先ほどと同じ水が満たされたように歪んでいる。
そこにワイヤーで固定されたダイバー服の人物がゆっくりと上から降りてくる。
『結果。我が社は人類で初めての多元宇宙間の移動に成功したのです』
ダイバーが空間の真ん中に行くと足元から徐々に消えていく。
『そして同時に別次元に存在していた我々を引き上げることにも成功しました』
上部のワイヤーが引き上げられるとダイバーの頭部がシンメトリーに生えていき…最後には上下逆さまの人間が二人、水中にいた。
「…は、なんかのトリック?」
俺の横で、意味が飲み込めないと言わんばかりに声を上げるトモ。
『我々はこの方法により新たな資源開拓が可能と判断し、より簡易的に多元宇宙へと移動できる手段として数々の装置を開発しました』
巨大な空間は小部屋に変わり、ドアへ、防犯用ゲートへと変化していく。
「あ、見覚えのある消毒装置!」
トモの声に『結果、それらは多元宇宙の各所に配置され、みなさまがお手軽に空間を移動できる手段として用いられております』と手のひらを装置に向け次々と消えていく人々が映し出される。
『次元を越え、新たなる資源の発見とよりよい未来への発展へ。我が社はこれからもみなさまとともに新製品の開発を続けてまいります』
ついでスタッフ名と音楽が流れ、最後に覚えのない社名の入ったロゴが浮かぶ。
「――と、言うわけだ。お二人さん、わかったかね?」
室内が明るくなり、ヨウジは吐き捨てるように言う。
「あの会社により繋げられた多元宇宙…俺たちはその中に巻き込まれたんだ」
その手には、俺たちが消毒液を吹きかけたときに見たものと同じ模様。
…テロップの最後に見た、赤いロゴマークが浮かんでいた。
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