第一章・ショッピングモール

食品売り場・踊るサンタ人形

「取りあえず、撮ってみようか」

 

 同学年の白神しらかみトモはそう言って、スマホのシャッターを切る。


 ――写し出されるのは赤い服に髭の生えた老人の姿。

 食料品売り場にいる、電飾を巻いたサンタ人形。


「すごいよね、クリスマスソングの無法地帯だ」


 感心するトモが見渡すなか、店内に無数に置かれた人形は踊り狂う。


 人気のないショッピングモール。

 通路で繋がれた複合施設の一部。

 

 いるのは俺とトモの二人だけ。

 この一角を除けば異様に静かであり、人の気配はまるでなかった。



「工事中のモールが一昨日おとついにオープンしたって。このあと講義もないしさ、ムーさん行ってみようよ?」


 ――最初に誘ってきたのは、他ならぬ白神トモ。


 彼女の話によれば、普段つるんでいる女友達はバイトやサークルで忙しいそうで、大学二年になった時点で時間が空いているのは俺たちくらいなものらしい。


「何言ってるの?わたしら美大生なんだから課題提出の方が大事じゃん。コラージュに使う雑誌とか接着剤とか、まず材料から探さないと。向こうにはデカい文具屋とか本屋もあるそうだし、何があるか見にいってみようよ」


「…わかった」


 そうして、徒歩で十五分。

 俺とトモはモールを見上げていた。


「できてみれば、かなりデカイ施設だわ。映画館に大手家具屋も通路で繋がっているし、病院とか美術館も奥にあるって…開発は十年前からだっけ?」


「まあな」


 一応、地元民である俺はそれに応える。


 ――近くに新幹線が通る駅ができてから、この町の開発は急速に進んだ。


 子供の頃は田んぼや工場ばかりだったのにいつしかホテルやカフェといった建物が密集するようになり、合間を通路や地下道が行き交うようになった結果、今ではビルの間を大量のパイプが絡み合うような中都市へと変わっていた。


「一応、ここも田舎なんだけどな」


 ため息をつく俺に「田舎って言えばさあ」と、トモが口を挟む。


「…春休みに高校の友人が近くで結婚式を挙げたんだけど。実家から来た私に『わざわざ、山から降りてきてくれてありがとう』って言ったんだよ。確かに田舎は田舎だけどさ、山は電車で越えてきたの。クマじゃねえんだよ!」


 いきどおりつつも、スマホで建物の外観を連写するトモ。


「うーん、やっぱデカいやね」


 作業をしているうちに気持ちがおさまってきたのか。

 トモはスマホの画面をこちらに見せてくる。


「下から見上げても全体像が収まらねえや」


 写し出された、建物の上階には『Phoenix・Complex(フェニックス・コンプレックス)』と英語の大きな印字。


「コンプレックスって何?」


「複合施設って意味だな」


 首を傾げるトモに俺は自身のスマホで検索して応える。


「フェニックスは不死鳥のことだな。鳥に関してはわからんが、ここには店舗以外の施設もはいっているからな。そう言う名前にしたんだろう」


「ふーん…」


 俺の話を聞いているのかいないのか。

 トモはスマホをいじり、先ほどの写真をSNSの下書きに貼り付ける。

 

「ムーさんも確認、こんな感じの文章で良いかな?」


 俺はいつものようにトモの書いた文と写真に軽く目を通し「可だな」と、応える。


「うし!送信」


 ――そんな会話をしたのちにモールに入る。


 駐車場もそうだったが、平日のためか人はまばら。

 今のご時世か入口にはセンサー式の消毒装置が置かれ、みな手をかざしていた。


 俺もトモも逆らうつもりは全くなく、まわりにならい手のひらを出す。


 …プシャっと間の抜けた音。

 同時に手に吹き付けられるアルコール液。


(ん?)


 その一瞬、手のひらに赤い線で描かれた図形が見えた気がした。


(なんだ、今の模様?)


 そんなことを考えつつ、前方を見た俺の足が止まる。


 ――俺とトモのいる入り口。

 その先のほとんどの店が明かりを落としていた。


「ありゃ、後ろのシャッターが閉まってるよ」


 トモの声に見れば、いつの間にか背後で錆びたシャッターが降りていた。


「あたり暗いよね…人気もないし。まあ、奥に明かりが見えるし、行ってみる?」


 通路の奥にはトモの言葉の通り、ぼんやりとした明かりが見えていた。


「ああ。でも…どうして暗くなったんだ?」


 俺は首を傾げつつ、トモと一緒に歩みを進め…そして――



「…すごいなあ、商品棚を倒しているサンタまでいるよ」


 唯一、明かりのともる食料品売り場。

 そこで、大量のサンタ人形が踊り狂っていた。

 

 派手な動きで周囲のものをなぎたおし、床に落ちたワインや食料品は彼らの足元で無惨に踏み潰されていく。


「固定されていないみたい、ディスプレイにしても悪趣味じゃん」


 そう言って眉をひそめていたトモだったが、写真を撮っていたスマホに目をやると「あれ?」と声を上げる。


「どうしよう、画面が変だ」


 ディスプレイにはいくどもノイズが走り、文字列やブルースクリーンに変化する。


「これ、壊れたかな?」


 焦り出すトモに俺も自分のスマホを取り出してみるが、画面は彼女と同じ状態。


「電源を切った方が良いな。何か、ヤバい電波とかあるかも――」


 だが、その先を言う前にトモが「ちょっと、火が!」と指をさす。

 

 見れば、何体かのサンタ人形が燃えていた。


 …考えてみれば当然だろう。

 連中は電飾をつけたまま、あれだけ激しい動きをしていたのだ。


 しかも、ここは食料品売り場。


 アルコールや油の入ったビンもある。

 それらが割れて、液体を被った状態で電飾がショートしたらどうなるか。


「お、わわ…しかもコッチに来てる!」


 迫る人形からトモの腕をとっさにつかみ、俺は急いで売り場から離れる。


 ――なぜか、周囲を見渡しても消火器が見当たらない。

 それどころかスプリンクラーも作動しない。


 火災報知器すら壊れているのか警報音も全く耳に届かず、外装の溶けたサンタ人形があちらこちらでクリスマスソングを鳴らし続けている。


「やだやだ、火事なんかで死にたくない!」


 逃げながらも声を上げるトモ。

 売り場から、近くの店舗に散っていく人形たちが見える。


 いつしか、あたりには焦げた臭いが漂い始めていた…

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