第117話 目測通り

 ガルバドールを飛び去ってから約2時間半、途中で一度魔法を掛け直しながらも、目測通りの時間でレーザックの街が見えて来た。

 道なりに続いている街道を外れると草原地帯が、そして街の南には大きな森が広がっており、ガルバドールとはまた違った形で活気に溢れていそうである。


「本当に明るい内に着いてしまうなんて……自分の身で体験しているというのに、信じられませんわ……」


「冒険者だけじゃなく、色んな国がこの魔法を欲しがると思いますよ」


「それは少し違いますわ、ではなく、ですわ。現

 に私は教えて欲しいと伝えましたから、ただ……」


「ただ?」


「この魔法が悪意ある者や、侵略する意思の強い国が持つと、確実に大変な事になると思いますわ」


 だよな、飛兵の要と言える、飛行系の魔物の安全安定な育成環境が整ってない状態で、その段階をすっ飛ばしての人単体での飛行だからな、悪事を働いて他国へ逃げたり、戦力バランスが一気に変わったりと影響は大きい。

 まぁアヤカがこの魔法を広げる訳が無いし、リミーナに教える約束をしていたけど、その辺の縛りは相当厳重にするって話しだから大丈夫だろう。


「難しい話しは良く分かんないけどさ、どこに降りるの? 見られちゃまずいんでしょ?」


「街からの距離も考えたら、横にある草原帯でいいんじゃないかしら。広いし、冒険者が居ても見付け易いわ」


「上空から見下ろす形だから、冒険者が居ても発見し易いし、そうするか」


 アヤカの案で、レーザック手前にある草原に着地する事にしたナナセ達、10分程でその上空に差し掛かった時、草原奥の方に何かが見えてくる。

 徐々に近づくにつれて爆発の様な火の手が上がり、それで何かが戦っているという事に気付くが、上空約1000mでしかもまだ距離もある、誰の目にも黒い点にしか見えなく、それが人なのか魔物なのかの判別がつかない。


「もし人が戦ってたとしたらどうするの?」


「押されている様なら助けに入るつもりだけど、問題は着地して駆けつけるまでの間は、自分達で何とかしてもらうしか無いって事だな」


飛翔魔法これの存在を公に出来ませんからね」


「使い方次第で様々な事に転用が利いてしまう程、汎用性が高い魔法ですから仕方がありませんわ」


「あれやっぱり人みたいだね、Bランク3人とCランク2人のパーティーなのかな。魔物と戦ってるっぽい」


 突然のユウカからの発言に驚く一同。


「この距離からでも分かるのか!?」


「試しに鑑識眼で見たら、人の名前が出たから間違いないよ。でもなんかおかしい、魔物の種類が揃ってない」


「揃ってないって、どういう事?」


「言葉の通り魔物が1種類の群れじゃなく、複数種類がいるみたい。ステップサーペント、ビッグキャタビラー、スピアホーネットにエッジアント」


 ステップサーペント:Cランクの魔物 草原に生息する全長8mはある大蛇、毒こそ無いものの、鋭い牙からの咬みつき、そして巨体から繰り出される巻き付きは、冒険者の骨を砕き、生きたまま飲み込む為のもの。


 ビッグキャタビラー:Dランクの魔物 人並みの大きさがあり、非常に粘着性の高い粘液を吐き出す幼虫。もし粘液を浴びれば並みの武器での切断は難しく、炎で焼き切るのが安定。


 スピアホーネット:Bランクの魔物 体長80cm程の大型の蜂で、鋭い針と毒を持つ、もし毒が体内に入れば焼かれる様な激痛が走り、動ける様な状態ではなくなる、処置が遅ければ最悪命を落とす。その上高い素早さに大顎まで合わせ持つ凶悪な魔物。


 エッジアント:Cランクの魔物 100~130cm程の大きさで7匹前後の群れで行動する。特徴的なのは2本の前足、非常に鋭利になっており、斬る、刺すどちらにも適した武器。それ以外にも大顎や、蟻酸を吹きかけての攻撃は一時的な視力の低下や、軽度マヒの危険がある。


「蛇、芋虫、蜂、蟻と、魔物側に全く統一感が無いな」


「そうですわね、特に魔物の間で上下関係に当たる訳でも無さそうですわ」


「助けに行きますか?」


 戦力的には冒険者側が圧倒してるから苦戦する要素は無いだろうな、気を付けるべきはスピアホーネットのランクと毒、エッジアントの蟻酸による視力低下と軽度のマヒってとこか。

 毒を受けたとしても幸い街は目の前だし、Bランク冒険者ともなれば回復薬は一通り常備してるだろう………。


「いや、ここはあの冒険者達を信じてオレ達は街に向かう。苦戦もしていないのに加勢に行っても、不信感を与えるかもしれんしな」


「へぇー珍しいね、お兄が助けに向かわないなんて」


「珍しいとか珍しくないとかじゃなく、単に居合わせた時に危険な場面が多かっただけで、目の前で命を落とされたら嫌だろ?」


「まぁ……確かに嫌だね」

「どうして助けてくれなかったんだって、その仲間達に恨まれそう」


「だろ? オレみたいな奴は、そう言うのを気にする臆病者なんだよ」


 ナナセの言葉を一部疑問に思うアヤカ達だが、冒険者達の戦力が上であるという事実からその場を離れ、冒険者からも、街に入る為に並んでいる者からも死角になる位置で着地する。


 その後はギルドからの依頼帰りの雰囲気を出しつつ、街の列に並んでいると前からパーティーと思しき話し声が聞こえてくる。

 内容は今まさに、ナナセ達が疑問に思っている魔物の事についてだ。


『しっかし冒険者ギルドはまだ原因を突き止められないのかね、かれこれ数ヶ月は経ってんのによ』


『全くダメらしい、ウチの知ってる奴等も調査依頼を受けたみたいだが、手掛かりすら掴めないらしいぞ』


『参るよな、魔物が複数種類同時に襲ってくる事はあるが稀だ、それが高確率で遭遇するってなると、何か異常な事が起きてるのは間違いねってのに』


『あぁ、現場を調べても痕跡が多過ぎて分からんし、何より共に行動してる様子じゃないから追うのも一苦労だ』


『一体この街で何が起こってんだろうな』


(やっぱり複数の魔物が連携するなんて、普通じゃないみたいですね)

(そうだな、何か原因はあるんだろうけど、今はシノノメさんとの約束を優先したいから、他の冒険者に任せよう)

(わかりました)


 やっぱユウカが言ってた通り、魔物が数種類同時に出現するのはおかしいのか、しかも冒険者ギルドも調査に乗り出しているが、手掛かりは現状なし。

 聞けばこの現象が起きてるのは数ヶ月前からって事だが、どこかで魔物の異常発生でも起きたか?

 それとも魔物側で食料不足でも起こったか……いや、だとすれば同種族で組むもんだろう、態々奪い合いになりそうな別種族と組むのは、デメリットがでか過ぎる、と言っても、魔物にメリットデメリットの概念があるかは知らないが。


 今この一帯に起こっている事態に耳を傾けつつ、グランシールで受けたシノノメとの約束を最優先に活動する事を決めて街へと入る。


 ガルバドールも人は多かったが、それは鉱夫や職人といった産業を支える人達が占めていたが、ここレーザックでは、街の傍には大きな草原、やや離れた位置には広大な森と山まである為、様々な魔物の素材が集められる事もあり、それらの売り上げでギルドと街の両方が潤っている様である。


「まずは冒険者ギルドに行って、シノノメさんの足取りを追う?」


「だな、まずは本当にここに来たかを確認しないと、始まらないからな」


 アサ受け取ったメモ帳には、主要都市の情報が細かく記されており、冒険者ギルドがどこにあるかも例外ではなく、そのメモを頼りに冒険者ギルドへと向かう一行。

 道すがらメモを読み進めると、草原には低ランクの魔物が多く、駆け出し冒険者の育成に優れ、森や山は難易度が上がる代わりに、金策に適した魔物が多く生息している為、幅広い層の人材が街に集まると書かれている。


「……成程な」


「どったのお兄?」


「いや、今アサさんから譲って貰ったメモ帳を読んでたら、本当に細かく見てるんだなって」


「例えばどんな事が書かれているんですか?」


「あぁ、この街を中心に草原・森・山とあることで、育成から金策まで出来る場所だって」


「考えて見れば育成には適した環境になってますわね、草原で冒険者の基礎を身に着けてレベルを上げ、森や山と言った難易度が上がる場所への足掛かりにする」


「ここで無理せず力を付けていけば、レベルもランクも上げてける環境が揃ってるはずだったのが、今は……」


「草原にもCランクBランクの魔物が出る様になってる、とても成り立ての冒険者には倒せないレベルだな」


「冒険者の育成と、素材の買取で回っていた街にとっては確実に影響が出るわね」


「魔物の生態系が崩れてそうなったってなら、仕方ない事だけどな。ともかく今はタクマさんの捜索だ」


 到着した冒険者ギルドの扉を開き中に進む、そのまま受付へと進もうとすると、突然テーブルで飲んでいる冒険者が遮る様に態と足を出してくる。

 もう既にナナセの中では恒例と化してる、冒険者による新人or見かけない者への可愛がり嫌がらせである、周りの冒険者の反応もクスクス笑っている者も居れば、関わり合いになりたくない者は見て見ぬ振りをしている。


(久々に初見で絡まれたな、しかしやられる度に思うが、何で相手が自分より下だと思うのか、もし上だったらとか考える頭は無いのかこいつ等は……)

(この人Cランクだよ)

(マジか……了解)


「悪いが通りたいんだ、足を引いてくれないか?」


『…………ップ』


「足を引いてくれ」


『あー何だろうな、虫が声が聞こえるぜ!』


「………もしかしなくても、喧嘩売ってる?」


『おいおい職員さんよぉ、ちゃんと掃除しねぇと訳分かんねぇ虫が湧くんだぜ!』


「…………」


 ナナセは喧嘩を売って来た冒険者のテーブルに、自分のギルドカードを置く。


『へへっ、物分かりが良いじゃねぇか、そうやって大人しく俺達の財布に……な…れ………は?』


 間抜けな声と顔をしながら置かれた物を見つめる男。

 発言内容から、恐らく金でも置かれたと勘違いをしたのだろうが、実際に置かれたのはAAと表記された金プレートのギルドカード。

 ここで初めて男は誰の道を遮り、誰を虫呼ばわりしたのかを理解する、当然自分の置かれている状況も。


「……で、虫って、もしかしてオレの事? 今この周りに文字通りの虫は居ないし、お前に話し掛けてるのもオレしか居ない訳だけどさ」


『あっ……その』


「長い講釈はいらない、答えは「はい」か「いいえ」で頼む。因みにいいえの場合は、その理由まで突き詰めるが、納得させられる理由……あるんだろうな?」


「はい」以外を答えられない様に、2つの答えの内1つを、殺気を放ちながら潰していくナナセ。

 先程までと空気が違う事に周りの冒険者達も気付き始め、焦り気味でナナセ達のやり取りを見ている。


『す………すみませんでしたぁぁ! 見かけない顔だったんで、ちょっと脅かしてやるだけだったんです!!』


 椅子から立ち上がり勢いよく頭を下げる男、この光景を見た周りの冒険者も、ようやく事態を把握。

 多くの冒険者は頭を下げてる男がCランクだと知っている為、その相手がBランク、もしかしたらAランクかもしれないと青ざめるが、更に上のAAランクとは露程も思っていなかった。


 俺達の財布にとか言ってた癖に何言ってやがる、しかも「はい」か「いいえ」でも無いし、だけどまぁ素直に謝罪して来た事は評価出来る。


「……そうか」


『え…えぇ、そうなんでさ……』


「で、虫ってのはオレの事か?」


 許す訳無いだろ、仏の顔も3度までなんだよ。


 先程よりも殺気を込めて聞き直すナナセに対して、頭を下げたまま全身をガタガタと震わせる男、既にギルド内の注目は完全にナナセ達に集まっている状況だが、未だに男からの返答は無い。

 徐々に殺気を強めていくとその圧に耐えきれなかったのか、男は白目をむきながら倒れる、その股の間から何やら臭う液体を漏らしながら。


「自分と相手の力量差も測れない未熟者が馬鹿な事をするな。相手によってはこの程度じゃ済まない事もあるんだぞ」


 一緒にテーブルを囲ってた、お漏らし男の仲間と思われる連中にそう言い残し、受付へと歩いて行くナナセ。

 酒を飲んでいたせいか漏らした液体の量は多く、アヤカ達はそこを迂回してナナセの後を追っていくのだった。

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