第118話 回り道

「すみません、ちょっと聞きたいんですが」


『はっハイ!!』


 目の前で起こったやり取りを見ていたせいか、ナナセに声を掛けられた瞬間、そのギルド職員は驚きで数センチ跳び上がり、恐らく無意識なのだろうが、明らかに表情が怯えている。


「冒険者パーティーの【灰の猟犬】を探してるんですが、この街で活動していますか?」


『は…【灰の猟犬】ですか!? 少々お待ち下さい!!』


 慌てた様子で奥へ行き、数人の職員に手を借りながら、棚にしまってある台帳を引っ張り出して確認する受付嬢。


「めっちゃ怯えられてんね」


「言ってもオレのせいじゃ無いんだが……」


 ユウカの言葉に凹みながらも職員を待つナナセ、アサの話しでは8ヵ月音信不通という事で、移動に2ヵ月掛かると仮定し、更に自分達が到着するまでの1ヵ月をプラスして、7ヵ月程前にはここに到着しているはずと予測している。


『お待たせしました! 仰っていたパーティー【灰の猟犬】は、半年前を最後に当ギルドへは来ておりません!』


 半年前か、到着までに多少日数が前後したか、依頼を受けて少し滞在したかって考えれば辻褄は合うか。

 こっから先は個人情報が絡みそうだから教えてくれるかどうかだけど、一応聞いてみるか。


「ちなみにどこへ行ったかとかは聞いても?」


『も…申し訳ありませんが……』


「どこの宿に宿泊していたかも」


『その……同様に……』


 一言一言震えながら答える受付嬢に、周りの職員や冒険者は同情の目を向ける。


 だよなぁ、知る知らないに関わらず、教えられんわなぁ。

 まっ、半年前までは居たって事が判明すればいいか、後は街で行きそうな所に聞き込みを掛けて、情報を探すしかなさそうか。


「なるほど…了解です。調べてくれて感謝します」


 そのまま何事も無かった様にギルドから出て行くナナセ達、その見送り終わると、受付嬢は腰が抜けた様にその場にへたり込み、直ぐに同僚らしき職員が駆け寄って来る。


『大丈夫だった!?』


『こ…怖かったぁぁ……』


『それはそうよ、ギルドカードを出した時に名前を見たけど、少し前にガルバドールに出現したスチールゴーレムを倒した人だもん』


『『えっ!!』』


 直近の出来事でありながら事が事と言うのもあり、ガルバドールの冒険者ギルドから周って来た情報を知らない職員は居なかった、だがまさか今の冒険者達がその立役者とは誰も思っておらず、その場に居た職員、冒険者問わず驚きの声が上がり、今まさに出ていった入口の方に視線が集まる。


 そしてギルドを出たナナセ達は。


「あの場で他の冒険者に尋ねなくて良かったんですか?」


「それは大丈夫だ、元々【灰の猟犬】はグランシールで活動していたパーティーだからな、あの場に居る冒険者に聞いても、ギルドと似た回答しか出ないだろうさ」


 ハッとした表情で驚くアヤカ、どうやら【灰の猟犬】が、拠点の街ベースから移動してこちらに来てると言う事を失念していたらしい。


「でもそうなると、手掛かりはもう無いのでは?」


「そうだね、もしかしたらエルハルト王都か、南西にあるもう一つの街に向かったのかもしれないし、そっちに向かってみる?」


「だねぇ、そっちなら何か情報とかもあるかもしれないし、いいよねお兄」


「ちょっと待った。まだこの街で冒険者として絶対必要な所に聞き込みを掛けてからでも大丈夫だ」


【絶対必要な所】という言葉に4人は首を傾げる。

 ナナセ以外は、「これ以上冒険者ギルドで情報が望めないのであれば、移動すべきなのでは」、という考えを持っていたので、止められた理由が分からなかった。


「それで、その絶対に必要な所というのは何処なんですか?」


「幾つかあるけど、一番は食料店だな。それ以外にも道中消費したアイテムの補充で道具屋、打ち上げ何かで利用した酒場とかも何か在るかもしれない」


「そっか! 食料は旅をしていれば絶対に減るもんね!」

「アイテムだってそう、魔物との戦いで減っててもおかしくない」


 何で言われるまで気付かなかったのかと、驚くユウカとティナ。


「だろ? だから宿を取ったら聞いて回ろうかと思ってね」


「しかし簡単に言ってもそれらの店は街に相当ありますわ」


「ちゃんと考えてる、だからパーティーを3つに分けて行動しようと思う」


 そういうとナナセは、アヤカとティナは食料店、ユウカとリミーナは道具屋と分け、自身は酒場を周る事を提案し、皆それを了承。

 合流場所として、今夜部屋を取るつもりである高級宿、【黄昏の草原サンセット・グラスランド】の部屋で落ち合う事に。


「それじゃ行ってくるねー」

「行って参りますわ」


「私達も行きましょうか、ティナさん」

「よろしくお願いしますね」


「………さて、オレは先に部屋を取ってから周るとしますか」


 こうしてナナセは久々に1人での行動ということもあり、ソロ観光も兼ねて街を歩く事にした。

 当然自分の役目である酒場での聞き込みも忘れずに。

 ※サンセット・グラスランド一泊 大銀貨3枚


 ―――


 その夜。


「今戻ったわ」

「ただいまー」


「おかー」

「お疲れ様ですわ」

「お疲れ、どうだった?」


「右耳の特徴を伝えたら覚えている人も居たけど、どこに行ったかまでは知らないそうよ」


「全くダメね」と言わんばかりに目を閉じて首を振るアヤカ、正直今日で見つかるとは思ってはいなかったが、ここまで情報が無いのは中々に想定外。

 やはり別拠点の冒険者と言う事に、半年前の出来事ということで人の記憶には残っていないのかもしれない。


「やっぱ姉さんの方もダメかー」


「って事はそっちもなのね」


「ええ、手掛かりに繋がる様な話しは聞けませんでしたわ」


「カズシの方はどうだったの?」


「オレもダメだ、聞いても「そんな奴も居たな」程度だった」


 なんと情報収集の結果、全員が行き詰まりの状態に頭を抱える羽目に、勿論それだけで事態が好転する訳もなく、何とか次の一手を考えようとするが、肝心な情報その物が0という事もあり、どうしていいのかナナセ自身も案が出ない。

 結局その日は意見が出ず、街を周り歩いた疲れでそのまま休む事に。


 翌日今後の捜索手段が思い浮かばないという事で、当初ティナが出していた王都か、南西にある街へ移動したと仮定して行動する事にし、来た時とは逆の位置にある、国境側の人通りが少ない東門から出て行く事になった。


「やっぱ昨日の時点で移動してれば良かったんだよー」


「いやすまなかった、確かにユウカの言う通りなんだけど、多少時間を取ってでも、この街でどんな行動をしていたかを調べた方が、後で後悔しないだろ?」


「そりゃそうだけどさー」


「そうだけどさーじゃなく、実際そうよ。移動した先で、もしかしたらなんて考えながら探すくらいなら、その気掛かりを無くして行った方が気が楽だもの」


「アヤカさんの言う通りだよ、それに他の事に気を取られてたら色々見落とすよ?」


「む~~」


 あっちゃー、頭では理解出来ても納得出来てないって顔だなぁ。

 アニメやゲーム何かと違って、現実ではよっぽどの事でもないと、一日で事態が急転する様な話しにはならないんだけどな。


「なぁユウカ、オレの意見で足を引っ張ったのは本当にすまなかった、お願いだから機嫌を直してくれ」


「それじゃあ今度、何かお願い一つ聞いてくれたら許す」


 ええぇぇ、ユウカのお願いとかメッチャ怖いんだが、一体何をお願いしてくるつもりなんだ?

 んん……断れば当分怒ったままだろうしなぁ…………先にこっちで出来ない事もあると、制限を付けた上でのお願いって限定するか、そうすれば最悪とんでもない事を言われても断れるからな……よし。


「分かったそれでいいよ、でもオレもただの人間だから出来ない事も在る、それだけは理解してくれ」


「おけ!」


「あなたってば本当に……」


 アヤカが呆れ顔でユウカを見ている。


 そんなやり取りをしながら城門に近付いて行くと、何やら騒がしい。

 恐らく警備と入る側とでトラブルでも在ったのだろうが、この世界に慣れ始めたナナセにとって、見慣れた光景になりつつある


 近付くにつれ徐々に声が聞き取れる様になり、悪いと思いつつナナセは聞き耳を立てると、どうやら男女複数人の声が届いてくる。

 そして一向に話しが進まない事に痺れを切らせた1人が、警備隊の1人に掴みかかる。


『警備隊から人を派遣してくれ! このままじゃ村が壊滅しちまうんだ!!』

『皆さんの仕事じゃ無いのは分かってます! でもそこをなんとかお願いします!』


『そうは言っても決めるのは下っ端の我々や隊長ではなく、更に上の者だからな………話しはしてみるが、許可が出るのにどれくらい掛かるか分からんし、出るとも限らんぞ』


『それでも構わない! 頼む!!』


 そうか…そういった理由があったから声を荒げていた訳か。

 ゴブリン2~3匹なら若者が力を合わせれば倒せるが、数が多かったり、それ以上の魔物となると難しいな。

 かといって警備隊の任務は街を守る事、それ以外の事となれば難しいだろう……領主が話しの分かる人で、救援要請には応じる様に指示が出ていれば別だけど。


 ナナセが考えていると僅かに服の袖を引っ張られる感触があり、そちらを目をやると引っ張っていた犯人が分かる、ティナだ。


(ねぇカズシ、あの人達助けてあげられないかな、多分だけど……このままじゃ村の人が大勢死んじゃう…)


 ナナセ達にだけ聞こえる様に呟きながら、特徴的な白い狐耳をペタっと倒し、申し訳なさげにナナセを見上げている。


 冒険者の流儀で行けば、ギルドを通してってのが正しいんだろうけど、軽く聞こえただけでも緊急性の高い案件だし、とても悠長に手続きなんて取ってられないだろう、即条件に合うパーティーが見付かるかも分からないし。

 それに見た所若い男女しか居ないのをみると、まだ後方に年配者が多くいる可能性が高い、ここで時間を掛ければ掛けるほど危険に晒される。


(…ふいぃ……)


 ナナセはそっと右手でティナの頭を撫でてやると、くすぐったそうにしながらも目を細める、そして撫でながらアヤカ達の意見を聞く為視線を送ると、既に聞かれる事が分かっていたのか、3人は即座に答える。


(助けに行きましょう)

(ぱぱっと倒しちゃお)

(このまま放って置く等出来ませんわ)


 冒険者としての判断で言えば2流、いや3流な判断をメンバーに強いたナナセだったが、メンバー全員がギルドからの評価や報酬以上に、人として大事な物持っていると分かった為、後悔は無かった。

 そしてナナセは、その騒ぎの渦中に近付いて行く。


「随分と騒いでるみたいだけど、何かあったんですか?」


『あんたは?』

『あぁ、彼等の村が魔物に襲われたらしくて、街に救援要請に来たみたいなんだがね……』


 声を荒げていた者の1人がナナセを下から上へと見上げる、品定めをするといった様子では無いが、どんな人物かを確認してるのだろう。

 代わりに警備兵がナナセの質問に対して、簡潔に答えてくれる。


「魔物に村を襲われたってのは、穏やかじゃないですね。状況はどうなって?」


『情けねぇ話し、全く分からねぇんだ。色んな魔物が突然現れて襲って来たから、逃げるのに必死で』


「だから救援を警備隊に?」


『この際アンタでもいい! 冒険者って事はそれなりに腕に自信があんだろ!』


『お前さん、冒険者に頼むだけの金はあるのか? 冒険者ランクにもよるが、人によっちゃかなり金額になるんだぞ』


 警備兵の男が指摘すると救援要請に来ていた男女の殆どは唇を噛んだり、下を向いて黙り込む。

 どうやらナナセの考えの通り、金に余裕は無い様だ。


「一応だけど、これがオレのランクだ」


 ポケットからギルドカードを取り出して両グループに見せる。


『だ……AAランクの冒険者!?』

『アンタ…そんな高ランク冒険者だったのか!』


 両グループ驚くが、助けを求めていた側の表情が更に暗くなる、恐らく普通の冒険者にも支払える金が無いのに、高ランク冒険者なんて雇える訳が無い、そう思っているのだろう。


『すまねぇ、俺達の村じゃアンタに支払えるだけの金がねぇんだ、申し訳ないが聞かなかった事にしてくれ』


「そうだな、ギルドを通したら討伐依頼って事で、それなりの金額を要求されるだろう」


『あぁ……分かってる』


「だが、オレ達が話しを聞いて、勝手に討伐するなら話しは別になる」


『え?』

『は?』


 その瞬間、周りに居た警備隊も、話を持ち掛けた村の男女も呆気に取られた顔をして固まる。

 何せ高ランク冒険者自らが、「自分達が勝手に倒せば金は掛からない」、そう言ってるのだから。


『ま、待ってくれ! 君達は本当にそれでいいのか!? 金も貰わずに命をかける事になるんだぞ!?』


「構わないさ、ウチのメンバーもそれを了承してる。それよりも時間が惜しい、急いで案内してくれ」


 ナナセのこの言葉に警備隊は全員驚きのまま固まり、助けを求めていた男女達は涙を流し、中には膝を付いてナナセに祈りを捧げる者まで出る事態に。


 アヤカ達にも手伝ってもらい、何とかその現場を宥めて襲われた村のある方へと急ぐナナセ達、魔物の体力と年配者の体力を比べれば一刻の猶予も無いだろう。

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