第112話 オリジナル魔法

 ゴーレムが討伐されて数時間後、ガルバドールを納めるメルヴィンの屋敷にて、今回鉱山で出現したスチールゴーレムを討伐した事が、冒険者ギルドから正式に領主へと報告が上がる。

 報告書にはこう書かれていた。


 此度の鉱山にて発生したスチールゴーレムには、ガルバドールの冒険者ギルドから第一陣、第二陣と冒険者が出撃するも、強力な魔物であったが為、両陣頭指揮を執っていたギルド職員、スタークによる判断でいずれも撤退。

 第二陣撤退途中、Bランク冒険者パーティー【討ち滅ぼす者アナイアレイター】が合流し、冒険者ギルドから出撃した第二陣が全員撤退する中、【討ち滅ぼす者アナイアレイター】単体で目標を討伐。

 その際、坑道内及びスチールゴーレムには一切の魔法痕は確認されておらず、物理攻撃のみで撃破した事を、ギルド職員のスタークが目視で確認。


 当然自分が出した理不尽なルールに従わず、攻撃魔法を使用して討伐されると、高を括っていたメルヴィンは、執務机に置いてある物を払い落して怒り狂った。

 自分の考えを平民如きが上回った事、更には、文字通り物理攻撃のみで倒したせいで、損害賠償請求が出来なくなった事に対してだ。

 そんな姿を目の前で見せられた執事は、表情にこそ出しはしないが、心中は穏やかではない。



『何だこの報告は! 高々Bランクパーティー如きがスチールゴーレムを倒しただと!! 冗談も休み休み言え!!』


『し…しかし旦那様、これは紛れもなく冒険者ギルドから出されている正式な報告書でございます。流石にギルドが虚偽の報告をするとは考えられません』


『だからと言ってBランクがAAランクの魔物に勝てる訳がないだろう! 連中め、何か私に言えぬ事でもしたに違いない! そうでなければ納得出来るかッ!!』


 机に両手を叩きつけ、ぜぇぜぇと息を切らせながら報告書を睨み付ける、額には油混じりの汗が浮かび、貴族・平民問わず、その顔を見た者は間違いなく不快になる程、醜悪な姿である。


『……べろ』


『如何…なさいましたか?』


『今すぐこの【討ち滅ぼす者アナイアレイター】とか言うパーティーを調べろ!! 徹底的にだ!』


『か…かしこまりました! 直ちに!!』


 怒鳴り散らす様に執事に命令するメルヴィン、余りに激高する様子に、執事は作法である一礼すら忘れて退室し、執事長の元へと向かう。

 だがそれでも怒りの治まらないメルヴィンはある事を画策する。

 ペンと紙を持ち、不気味な笑顔を浮かべながら何かを書いていく、先程までの状況を考えて、内容がまともでない事だけは確かだろう。

 数枚書き上げた所で封蝋し、ベルで呼び出した使いにそれを渡し、早急に届ける様に厳命し、下がらせる。


「私に不利益をもたらした事、その身を以て後悔させてやるぞ……ぐふふふふ」


 ―――


 スチールゴーレムの討伐から5日。

 訓練場が未だに整備で使えない為、体を休める事にしていたのだが、アヤカが見せたい物が有るというので、街から歩いて10分程度の所に来ていた。


「そんで、こんな所に来て何するの?」


「前に言っていたものの最終確認をしたかったのよ」


「前に言ってたもの?」


 アヤカが最終確認って言ってるから何かしらの【行動】だと思うけど、それに街から離れたって事は、他の人に見られたくない、聞かれたくないからだろう、でも、本当に何の事だ?


 可能性としては、前にギルドマスターから忠告された領主の件についてだ、仮にそうだとして最終確認と言ったのは、仕掛けられたらどうするか、パーティーの方針を決めようって事か。


「すみません。アヤカさんの「前に言ってた」って言うのは一体」


「領主絡みの件じゃないか? 結局ちょっかい出されたらぶちのめすって、ざっくりとした話ししかしてないし」


「そっちの話じゃないわ」


 違った、疑問形とは言え、分かった風な顔して会話に入ったからくっそ恥ずい、ってか、それじゃないってなると後は何だ?


「前に話しましたよね、「空が飛べれば時間短縮になる」って」


「もしかして、完成したんですの!?」


 アヤカの発言にリミーナが勢い良く飛び付く。


「理論上は、後は実際に使ってみて問題が無いかを確認したくて、カズシさんに手伝ってもらいたかったの」


「オレ? オレは自力で飛べるんだけど」


「ええ、だから何か問題があっても自分で飛べるから、危険は少ないかなって」


 成程ね、確かに魔法に不備があったら、他の人だと危ないわな。

 特にある程度飛んでから、いきなり魔法効果が無くなる様な事態が起これば、命を落とす危険すらある、全力で助けに行くけど飛んでる方は恐怖だよな。


「了解、一応聞いときたいんだけど、その魔法には上空での気圧や酸素濃度の調整は自動でしてくれるの?」


「勿論です。それらは地上と同じに設定して、速度や高度も術者の意志ではなく、被術者側の意志で調整と解除が出来ますし、風よけも自動でされます」


「効果時間と効果が切れそうになった場合、目や音なんかで、分かりやすく知らせる様な仕組みになってる?」


「効果は2時間で、効果が無くなる15分前に手首にブレスレット状の魔法陣が出る様になってます。そしてそれが出ると、安全に着地出来る様に自動で高度が下がり始め、上昇は出来ませんが、掛け直す事で再度上昇可能です」


 聞いた感じでは、気圧・酸素・高度・警告命に直結する部分はしっかりと設定されてるな、後は実際飛んでみてどうかだ。

 どれくらいの速度が出るかも気になる所だし。


「よし、それじゃ」


「あの、話の途中すみません! ちょっとお聞きしたい事がありますの!」


「ん、どうかした?」


「先程お話にあった、キアツとサンソと言うのは何ですの? 聞いた事の無い言葉ですわ」

「私も何の事だろうと思ってた」


 …………しまったあぁぁぁ! こっちの世界じゃ気圧も酸素も、なんだそれって話だよな! 確認する事に気を取られてすっかり忘れてた!!

 完全に向こうの感覚で話してたから気付かなかった、どう説明するかな……出来るだけ分かりやすく、それでいて怪しまれない内容で………………………よし。


「2人は高い山に登った事はある? それこそ雲の上まで続いてるような」


「ないない」

「ありませんわ」


 よし、素直に反応してくれた!


「人が非常に高い所に上ると、呼吸しても息苦しいんだけど、原因は、体全体に掛かる力が弱まるから。この力を気圧って呼んでて、地上では1とした時、上空に上がれば上がる程弱くなる、そして呼吸に必要な物を酸素って言って、これにも影響する」


「その見えない力、気圧と言いましたか、それはどう呼吸に影響しますの?」


「さっき地上での力は1として、上空では弱くなるって言ったろ? オレ達が呼吸に必要な酸素も、1の気圧が掛かった状態で吸い込んでるから、気圧が弱くなれば酸素も少なくなって、呼吸しても息苦しく感じるって事」


「つまり、その気圧が弱くなるから、呼吸に必要な酸素ってのも、1から少なくなって息苦しい?」


「そゆこと」


 これでとりあえずは言いくるめられたと思う、ぶっちゃけ空気中に含まれてるのは、窒素が約78%で酸素は約21%だけど黙っておこう。

 絶対面倒な事になる。


「でもなんでカズシはそんな事まで知ってるの?」


 空気中の成分割合よりも遥かに突っ込まれたくない部分に指摘はいったぁぁぁ!!

 えっ? 何で知ってるかって? そりゃ「ここよりもずっと化学技術が進んだ世界に居たからだよ」、なんて口が裂けても言えねぇ! どうする!!


「あの、さっきも言った通り、全ての効果を見るのに2時間は掛かるので、はじめてもいいですか?」


「あ、あぁ頼む」


 助かった……アヤカがフォローしてくれなかったら詰んでたぞ、ティナには悪いけどこのまま有耶無耶にさせて貰おう。


「では掛けますね」(上級風飛翔魔法ブリーズウイング


「おぉ!」


 アヤカが魔法を掛けると、ナナセの意志通りに体が浮き、どんどん上空へと上がっていく。

 その姿を地上から見ているアヤカ達、特にティナとリミーナの反応は顕著だ。

 ティナは目をキラキラさせて尻尾を振り、リミーナは自国の対空迎撃力の強化を図れる事で感動している。


 さて、とりあえず雲が出来始める高度2000メートル辺りまで、ゆっくり上がってみるか


「あ~お兄どんどん上がってってるね、本当に安全面はばっちりなの?」


「さっきも言った様に、気圧・酸素・速度・高度、そして効果切れ前の警告も、しっかりと組み込んでるわ」


「姉さんもお兄も話題にしてないのが気になってたんだけどさ、それって温度は入ってるの?」


「温度……あっ!」


 寒っ! 雲がある中で上空2000って事は、確か100メートルごとに約0.5~0.6度くらい気温が下がる訳で、地上が体感27度前後だったから、それと比べると約10~12度低いって事だよな! そりゃ寒いわ!!

 というかオレも見逃したけど、アヤカも上空では温度を一定に保つ設定忘れてたなコレッ!!

 後で絶対に設定してもらおう、出来なかったら防寒具を買って暖を取るか、高高度には行かない様にしよう、雲が無い日とか今の倍寒くなるはずだしな、割と本気で耐えられない寒さになるぞ。


 上空2000メートルで数分待機し、気圧や酸素濃度に異常が無い事を確認した後、ナナセは地上に降りていく。

 下では既に気温についての話が出ていた事もあり、ユウカが温かい紅茶を用意して待っていた。


「おかえりー、その様子じゃやっぱ寒かったみたいだね。はい、暖かい飲み物」


「助かる。オレも頭から気温の事が抜けてたから何も言えないけど、追加可能ならして欲しいな、2000メートル付近だとやっぱ寒いから。それ以外は問題無かったよ」


「本当にごめんなさい! それについてはしっかり付け加えますから!」


 珍しく慌てるアヤカが見れたな、まぁ気温については即座に命に影響するって物でもないし、焦らなくてもいいんだが、アヤカ的にはそうじゃないんだろうな。


「頼んだ。後は速度だけど」


「それについては前に買った20メートルロープで、100メートルの距離を測ってあるから、こっちで出来るよ」


 お茶を片手に付いて行くと、そこにはスタートラインが敷かれ、先にはゴールラインと思しき鉄柱が見える。

 どうやらナナセが上空で色々調べていた時に準備していたようだ。


「はいコレ」


 そう言って持っているスマホをナナセに渡す。


「計測は自分でッスか」


「そっちのが分かりやすいでしょ?」


 まぁ一理ある、ただ飛んで移動するだけだから、体を動かさない分、全力で走るよりもずっと余裕が生まれるしな。

 これで時速30キロも出せれば1日で街と街を移動出来る、けど流石に時速30キロは言い過ぎか、自転車の平均速度の15キロくらい出せれば十分だ。


「了解、それじゃサクっと調べるよ」


 そこで判明した事実は100メートルを、端数切上で6.3秒、秒速約15.87メートル、時速換算で約57キロ。

 最初にナナセが想定していた、約倍の速度がある事が判明。

 街と街との距離が離れている所では160~190キロ程あるこの世界では、1日で余裕を持って2街、急げば3街移動出来る程の速度だ。

 更に言えば、空と言う障害物や曲がりくねった道も無ければ、高低差も無い、ほぼ完全直線距離で移動が出来る為、距離的にはもっと短くなるだろう。


「すごいね」

「あぁ、凄まじいな」

「街を1日で跳び越えて移動なんて」

「………ッ!」(言葉も出ない)


「でも前の下級風浮遊魔法レビテーションは失敗してたけど、今回のこれって、どんな仕組みで飛ぶようになってるんだ?」


「簡単に言えば浮力と推力の力場を別々に設定して、尚且つ、浮力の力場は固定式、推力の力場は可動式にしたんです。下級風浮遊魔法レビテーションには、この力場を追加できなかったので、完全に1から作ったと言ったところですね」


(フリョクってなんだろ……)

(スイリョクとは、一体何の事でしょうか…)


「成程な、よくこんな魔法を何もない状態から組み立てられたな」


「あ…あの、何も無い訳では……無くて、ですね。なんと言うべきか……」


 アヤカにしてみれば余り見ない、煮え切らない反応とナナセが思っていると、おずおずとスマホを見せてくる。

 そこに映っている物を見ると、紙に何かが書かれている、その内容的に。


「……魔法書?」


「はい…そうです。以前アルテニア王都で魔導士ギルドに行った時に……その、ユウカと一緒に………スマホで……パシャ…っと」


「ちょ、ちょっとお待ち下さいな! そのマジックアイテムは魔法書を複製する事も出来ますの!?」


「あー複製とは少し違うけど、そういう認識で大丈夫だ」


「なっ!……なっ!………」


 リミーナ本日2回目となる言葉の消失。


 しかし成程なぁ、一応手本となる色んな魔法書があったから、そこを真似して組み立てたって事か!

 っつっても、結局理論や式は自分で組み上げてかないとならない物だし、見ただけで簡単に出来る様なら、もっと色々と開発されてるだろう、そうじゃないって事は、元々アヤカにはその手の才能が在ったって事だ、でも。


「よくギルド職員にバレなかったな……」


「それはユウカが目が悪いと偽って、アイテムの効果を拡大するだけの物って、事前に伝えておいたんです」


「そこまで機転が回るとは」


「私としてはバレたりしないか、凄くドキドキしてたんですけどね」


 ユウカがこんな事をしだしたのは自分が原因であると言う事に、一切思っても居ないナナセ、寧ろその手の言い訳が通用するのであれば、色々とスマホの使い方に幅を持たせたれるとすら考えているのだった。

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