第110話 ゴーレム討伐④

「はあぁぁ!」


「でいやぁぁぁ!」


 ユウカを一喝して即座に前に出るアヤカとリミーナ、交互にヒット&アウェイで攻撃を加えるが、どちらも明らかに焦りと不安が見えている。

 それは自分よりも強者を前にした事にではなく、自分達の信じた最強が、自分達のせいで命を落とすかもしれないと言う事に。


 なんてミスを……私は!! 

 私が、自分の甘えとミスで今の状況を作った!!

 距離を取った上で、カズシさんの傍が安全と何も考えずに動いて、最悪の結果を招いた!

 まさかあのタイミングで範囲攻撃をして来るなんて思ってもいなかった!!

 ………いいえそれだけじゃない! カズシさんから距離による攻撃の優先度を聞いて、無意識のまま油断してた自分がそもそもの原因!!

 それなのにカズシさんは、私達を庇って……避けようと思えば1人で避けられたのに!


「このぉぉぉ!!」


 自分への怒りで攻撃にバフが掛かっているのか、先程まではゴーレムに細かな傷しか付けられなかったが、今はナナセには及ばないものの、ハッキリと分かる傷が幾つも付けられている。


 私は……弱い、咄嗟に相手が何をしようとしているかの判断も出来ず、ただステータスに頼った戦い方をしてるだけ、

 弱いって言う事がこんなに辛いだなんて思わなかった!

 ティナさんは……動いた! これでカズシさんの安全は確保された、お願いですから無事でいて下さい。


 アヤカとリミーナがゴーレムを押さえている内に、ティナは急いでナナセの傍に駆け寄る、すると否が応でもその状態を目にする事になる。

 ティナの目に入って来たのは、体の左側だけが真っ赤に血で染まり、服もズタズタにされた、ナナセの痛ましい姿だった。

 恐らく緊急用に持っていたであろうポーションも粉々に砕け、更には刀も先程の攻撃の1つが当たったのだろう、の少し先から折れてしまっている。


 ※鎺=刀身を中で浮かせて鞘の内側に接触しない様にするのと同時に、刀身が鞘から簡単に抜け落ちるのを防ぐ役割を持つ金具


「カズシ! 今助けるから!」


 直ぐにこの場から離れる為、ナナセを後ろから抱えた瞬間、ティナは違和感を感じる、体の一部、主に左側面の感触がおかしいのだ。

 それだけではない、良く見れば本来なら絶対に曲がらない部分から腕や脚が曲がっている、ティナはこの事が何を意味しているのかを即座に理解する。


 怪我なんてものじゃ言い足りないくらい酷い状態!

 頭と首以外の左半身の骨が、上から下まであちこち折れてる、でも、辛うじて息はしてる!


「ごめんカズシ。痛いと思うけど、ちょっとだけ我慢してね!」


 そう声を掛けると、全力を以てナナセを抱えて後方へと移動するが、全身の力が抜けた人間は思っている以上に重い、加えて足場も悪く、力を込めにくい。

 それでもなんとかユウカの元まで行くと、こうなった原因の一つである多人数3人となる為、ユウカに後を託して直ぐにその場を離れる。


「抱えた時に分かったけど、左半身の骨は多くが折れてるから、大至急治療をお願い!」 


「わかった!!」


 こんな血だらけになる様な攻撃を1人で受けるなんて……どうして姉さんとリミーナさんを抱えて後ろに飛ばなかったのよ!

 そうすれば1人でこんな傷を負わなくて済んだじゃん、お兄の馬鹿ッ!!


 確かにこれは冒険者として甘く、非情になりきれなかったナナセの怠慢の結果と言う者も居るだろう。

 もしゴーレムを本気で倒すのであれば、あの場は3人を抱えて回避すれば、もしかしたらダメージが分散され、ここまでの傷は負わなかったかもしれない、それか最悪、自分だけ避ければゴーレムを倒す事も出来たかもしれない、が、アヤカとリミーナ、両者があの攻撃に耐えられたかは誰にも分からない訳だが。


 横たわるナナセに心の中で怒りつつも、現状ユウカが使える治癒魔法で最も高位の【中級治癒魔法ヒーリング】をかけると、いつも以上に回復時の光で照らされ、傷や折れた骨が元通りに治っていく姿にユウカもホッとしたのも束の間、ナナセが目覚める気配が無い。


「……お兄? ねぇ起きてってば………起きてよお兄! 起きてっ!!」


「何があったのユウカ! 説明して!」


「もしかして間に合わなかったんですの!?」


 振り向きこそしないが、ユウカの悲痛な泣き声に、戦っていたアヤカとリミーナも気が気ではない、しかし格上のゴーレムを相手にしている以上、目の前でよそ見をする等絶対に出来ない。

 もし自分達まで倒れれば、今度こそ完全にパーティーが崩壊すると言う事を、2人は理解していた。


「違う! 違うけど!!」


「落ち着いて説明しなさい! 一体どうしたの!!」


「起きないの! 治癒魔法をかけて怪我も治ったのに、全然起きる気配がないの!!」


「多分ダメージが大き過ぎたんですわ! 騎士団の者も、任務で大怪我をした際、ポーションや魔法を使っても、数日目を覚まさない事もあると言ってましたわ!」


「それじゃ起こすには声をかけ続けるしかないって事!?」


 カズシさんが目を覚まさない以上、コイツは倒せない!

 無茶をすればそれこそ被害を拡大させるだけ、ここは一度退いてカズシさんが目覚めるのを待つのが確実?

 それとも起きる事を信じてここで戦い続けた方が………もう! どうしたらいいのか考えが纏まらない!!


 司令塔だったナナセが倒れ、パーティーの指揮が出来る者が居らず、4人がそれぞれどうすべきかを考えていた事で、背後から近付いて来る2つの影に、声をかけられるまで気が付けなかった。


「お前さんら、一体何があった!?」


「え?」


「ブロボッツさん、それにスタークさんも!? どうしてここに!」


「そんなこたぁどうでもええわい! 今どういう状況なんじゃ!」


 ティナがざっくりとだが、これまでにあった事を説明をすると、スタークの顔が見る見る青くなる。

 その理由は2つ、まさかゴーレムとの戦い方を知らなかったとは思わなかった事、一定の範囲に3人以上居た時のみ使われる範囲攻撃をまともに受けたという事、そしてそれらが事実であると言う事はナナセの姿を見れば一目瞭然である。


「おいスターク! その革袋に入ってるのは水だな? 貸せ!」


「貸せって、こんなもん一体何につかうんだ!?」


「いいから早くしろ!」


 良く分からないままブロボッツの言う通りに革袋を渡すと、飲み口を切り落とし、その中身をナナセの顔に掛けていく。

 しかもその掛け方も、あえて呼吸がしにくくなる様にだ。


「おいおい! そんな事したら本当に」


「黙っとれ!」


 革袋の中身が尽きかけたその時。


「ゴホッ! ゴッホ!」


「カズシ!」

「お兄!!」


 ナナセが目を覚ますと同時にその胸に飛び込むユウカとティナ。

 余程心配だったのだろう、2人共目に涙を浮かべている。


「っと、2人共どうしたんだ?……それにブロボッツさんに………スタークさんまで」


「お前さん覚えとらんのか。ヤツの攻撃を1人で受けて死にかけとったそうだぞ」


「ヤツ?」


 そう言われブロボッツの指差す方向を見ると、そこにはゴーレムと戦うアヤカとリミーナ、回避に重点を置く事で何とか耐え凌いでいる様子が見える。

 だが2人の戦う姿を見て、ようやくナナセも自身に何があったかを把握。


「そうだ!!」


「待って! 言い難いんだけど……コレを見て」


 駆けだそうとするナナセを止め、ティナはそっと何かを見せてくる。

 そこに在ったのは何度もパーティーを守って来た刀、その無惨にも2つに折られた姿だった。


「オレの…刀……」


「あの時の攻撃が当たってたんだと思う、だから、今戦うにしても武器が無い状態なの。魔法の使用許可さえあれば……」


 自分の武器相棒の変わり果てた姿にショックを隠せないナナセ、それだけではない、更に畳み掛けるかの如く不運は降りかかる。


「残念だが、未だにその連絡は届いてない」


「そんな……私の魔法が使えないんじゃもう攻撃手段が」


「まぁ待て、ただの鍛治師であるワシがここに居る事に疑問を持たんか」


 言われてみればそうだ。

 鍛冶師であるブロボッツさんが、どうしてここに居るのか全く考えてなかったけど、事件を知らずに武器の材料である鉱石を直接購入しに来て巻き込まれたのか?

 いや、それなら鉱石を扱ってる卸商か商人ギルド辺りにいくか。


「まさか本当に分かっとらんとはの。お前さんはワシに何を依頼してた?」


「何を依頼って……オレの武器」


「そうじゃな……ほれ」


 差し出された物を受け取り、その布包みを取り外すと、中から姿を現したのは一振りの刀。

 しかもその刀は、白い柄と赤い柄巻以外の全てが真っ黒に仕上げられており、漆黒のような深みを持ち、そこに在るだけで重圧を与えるほどの威圧感が立ち上る。


「これが……」


「ワシが作ったお前さんの武器だ。間違いなくスチールゴーレムあの木偶の坊よりも強度はある、だから疑うな、信じて振れ」


 冷静になって初めて気付いたけど、今までのよりも大分重たいな……2キロ半から3キロ位はあるか。

 この世界に来る前だったら重くて振り難かっただろうが、今なら余裕で振れる………これなら。


「アヤカ! リミーナ! オレが変わるから距離を取れ!」


「カズシさん、無事だったのね!」


「心配しましたわよ、本当に!」


「心配かけてすまなかった! オレがソイツを斬るから、アヤカは核と思しき物を見たら剣を伸ばしてくれ!」


「「了解!」」


 さて、さっきの礼って訳じゃないが、今度はこっちが攻めさせてもらう。

 無生物っぽいから、人に迷惑さえ掛けなければ放って置いてもいいとは思うけど、どうやらそうでもないみたいだしな。


 ナナセはゆっくりと足を広げて上半身をやや前傾させ、刀をほぼ横水平に構える。


「おいおい! 平剣の構えは知らんが、幾ら何でも捨て身す「オジさん黙ってて!」


 スタークがナナセの構えに対して発言していたが、武器自体ほぼ知られた物では無いので無理もない。

 そしてこちらの準備が出来た事を見計らい、アヤカとリミーナは同時にゴーレムから大きく飛び退き、距離を取る。


「後はお願い!」

「頼みましたわ!」


 2人の声から一瞬開け、ナナセが駆ける。

 身体能力とスキルを全力にしての踏み込みは、文字通り一瞬でゴーレムの懐まで移動、その速度を一切殺さず刀に乗せ、ゴーレムの胴を横一文字に斬り抜け、背後を取ったのち、体を捻り返すと同時に手首を返し、逆袈裟に斬った後距離を取る。


「は…はえぇ……」

「ナナセが振るうとあそこまで斬れるのか……」


 その余りの速さと強さにスタークは勿論、刀を作ったブロボッツも大きく驚く、何せ金属同士がぶつかり合ったと言うのに、その音すら響く事なく斬ったのだから。


「アヤカ!」


「まかせて!」


 しかし斬ったとはいえ相手は無生物、未だに動こうとしている所を見ると、痛覚もなければ恐怖もないようだ。

 恐らくは核から供給される魔力がある限り動き続けるのだろう、だからこそ、その手の相手に対してのアヤカ最強が居る。

 切断面から露出し、バラバラになった4つの核を、アヤカが全て攻撃する事でようやく倒す事が出来た。


「何とかなったぁぁぁぁ」


「本当だよ! 1人であの攻撃を受けた時、死んだと思ったんだからね!!」

「ユウカの言う通りね、幾ら何でも無茶し過ぎよ!」

「あの時ほど自分の力の無さを恨んだ事はなかった!」

「もう少し私達を頼って下さいな!!」


「ごめん! 本当にごめんって! それにオレ色んな面で皆に頼りまくってるから、決して頼ってない訳じゃ!」


「「「「うるさい!!」」」」


 やっと倒したって言うのに、この扱いは酷いと思うんだが………。

 実際、戦闘面以外の事は、ほぼ全て皆に頼りまくりだと思うんだけどなぁ。


 そんな5人のやり取りを離れた所で見るスタークとブロボッツ、2人からすれば、ほんの少し前まで、命懸けの戦闘をしていたとは思えない変わり様に、思わず笑いが込み上げる。


「あっはっはっ! こりゃ参ったぜ、あんだけの戦闘が、もう遠い過去の事みてぇになってらぁ!」


「違ぇねぇ! とんでもねぇ大物みてぇだな!」


 こうして鉱山内に発生したゴーレムの件は片付いたものの、まだ終わりではない、これを面白く思わない人間が別の騒動を企て、ナナセ達を巻き込む前段階としての静けさでもあるのだ。

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